えーと、いわゆる、なんていうか、O3(オースリー)な日々。

原田知世さん(=O3《オースリー》)にまつわる事どもを、 ミーハーなファンが書き散らかしています。

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「半分、青い。」(5)──名バイプレイヤーの生きものたち

登場人物のネーミングというのは、脚本家の思案のしどころと言えるでしょうか。
ことに北川悦吏子さんは、苦労されるそうですね。
そんなこだわりは、ペットのネーミングにもあるのでしょう。

律(佐藤健)のペットであり、親友であるカメの「フランソワ」
そのフランス人女性らしい、いかにもエレガントな名前は、
和子さん(原田知世)に夜店で買われてきたカメには似つかわしくないかもしれません。
が、逆にその違和感がポイントです。
……いえ、高価なエビをたしなみながら、
せわしく動き回る人間たちのドタバタ悲喜劇を水槽の中から優雅に眺める彼女の内面は、
もしかしたら「フランソワ」と呼ぶのにふさわしいかもしれませんね。

ブッチャーの姉・西園寺麗子(幸田雛子)お嬢さまが飼っていた犬の「メルシー」
その高級感あふれるネーミングは、
ウーちゃんこと宇太郎(滝藤賢一)が名付けて「センスなし」と非難された
楡野家の「ポチ」のたっぷりな“庶民”感と比較されるところでした。
亡くなってからもずいぶん長い間、
「ポチ」と書かれた犬小屋が庭に置かれていましたっけ。

マアくんこと朝井正人(中村倫也)が飼っている仔猫の「ミレーヌ」も、フランス風。
名前的には、律が飼っている「フランソワ」と気が合いそうです。
マアくんとミレーヌは吉祥寺へ引っ越して、会えなくなりましたが。
肩に乗ってみたり、マアくんといっしょに雑誌をのぞきこんでいたり、
という名演技はかなり可愛かったです。

秋風羽織(豊川悦司)が愛し、今はお墓に眠る3匹のイヌと1匹のウサギたち。
「マリリン」(ボルゾイ)。
「ちまき」(キャバリア)。
「うさぎ」ウサギ
「ルティア」(フレンチブルドック)。
彼らは生前の姿こそ見せませんでしたが、秋風羽織という人物を語る上で
重要な役割を果たしていました。
うさぎは、名前を付ける前に早逝したため、「うさぎ」という名になったそうですが、
マリリンやルティアというオシャレな中に「ちまき」を混ぜ込むあたり、
さすが美濃権太……あ、いえ、秋風先生、いいネーミング・センスだと思います。

ちなみに、こちらは非生物ですが、「ロボヨ」
このネーミングも興味深いところです。
彼女を造った西北大学、宇佐川乙男教授(塚本晋也)のモデルとなったのは、
実在の早稲田大学、故・加藤一郎教授。
加藤教授が開発した「WABOT-2」は、デザインもロボヨそっくりで、
まさしく楽譜を認識し、両手両足でピアノを演奏するヒューマノイド・ロボットでした。
「WABOT」の名は、
早稲田のロボット[WAseda no roBOT]から来ているのだそうです。
「ロボヨ」は、
宇佐川教授の母親である「いくよ」さんからとったネーミングだといいます。
その生まれた背景には、何かドラマがあるのでしょうか。
kamome.gif 

この他にも「半分、青い」には、さまざまな生きものたちが登場します。
で、登場するだけでなく、メインの人間たちの人生やストーリーに絡んで描かれるのも
おもしろいところだと思います。


▶カエル

鈴愛の祖父・仙吉(中村雅俊)さんは、妻の廉子(風吹ジュン)さんをなくして
気落ちし、ちょっと鬱気味。
後には、鈴愛(矢崎由紗)が糸電話を思いついて励まし、
仙吉さんは生きる力を取り戻すのですが、
その前に、落ち込んでいる様子を語るエピソードが描かれます。

仙吉さんは、それまで5年以上も禁煙していたというのに、
淋しさのあまり、ふと魔がさしてタバコを買ってこようと自転車で出かける。
と、ところが、そこへ、カエル。
道の途中から飛び出してきたカエルをよけようとして、転倒してしまいます。
仙吉さんにすれば、カエルを轢きつぶす悲劇を回避し、命を助けたつもりでした。
が、ケガらしいケガもしていないことを確認した女医のキミカ先生(余貴美子)は、
カエルは、仙吉さんが禁煙を破って健康を害するのを阻止するために現れた──、
むしろ逆に、カエルは仙吉さんを助けたのかもしれないというのです。
カエルは廉子さんだったかもしれない、と。

以来、つくし食堂の入り口にはカエルの置き物が飾られ、
廉子さんの生まれ変わり、お店の守護神として、たびたび登場することになりました。
そのケロンと笑みを含んだ大きなまんまる目が、
確かに廉子さん(=風吹ジュンさん)の目に似ていなくもないなと思わせてくれました。


▶白い柴犬

白い柴犬との出会いは、律(佐藤健)の人生を変えます。

同じ小中学校に通った鈴愛(永野芽郁)や菜生(奈緒)たちでしたが、
梟町きっての秀才である律と、鈴愛たちの間には、学力の格差がある。
本来ならば、別々の高校へ進学するはずでした。
が、物語では、同じ朝露高校へ通うこととなる。
これは、そうなった事情を説明する、ちょっと言い訳のようなエピソード。
回想ということで、ナレーション処理の白黒静止画コマ送りで語られていました。

名だたる進学校である海藤高校を受験した律。
その当日、試験場へ向かう道路で、彼はその白い柴犬と遭遇します。
車にはねられたのであろうその犬は動けないまま、
二度轢きされないよう、誰かに道路の脇に運ばれ、布をかけられた状態でした。
律はどうしても放っておけず、自分の受験と引き換えに獣医の元へ届け、
犬は無事、命をとりとめ、飼い主とも再会できたのでした。

それから3年後。
海藤高校の受験には失敗したものの、朝露高校に入学し、そして無事卒業し、
東京の西北大学へと進学した律は、朝井正人(マアくん)と出逢います。
彼は、大学の同級生で、アパートのお向かいさんでもありました。
そして雑談の際に判明します。
事故で動けなくなった柴犬を、再び車に轢かれないようにと道路の脇へ運んだのが、
実は誰あろう、朝井正人であったということ。
彼は北海道在住であったにも関わらず、叔父の関係で勧められ、
東海地方の海藤高校を受験した。
そこで犬を道路脇まで運んだものの、受験という自分の人生の一大事に迫られ、
そのまま犬を置いて、一度は試験場へと向かいました。
が、やはり病院へ届けた方がいいと引き返したところ、
すでに犬はいなかったというのです。

喫茶店でのそんな二人の会話を、聞き耳を立てて聞いていたのが秋風羽織。
ユーミンこと松任谷由実さんが
ファミレスで耳にした他人の会話を歌詞づくりに生かしていたように、
ネーム作りで喫茶店にいた秋風羽織も、聞き耳を立てていたのでしょうか。
彼は、律と正人のエピソードを聞き、「ええ話や」と涙します。

律のエピソードは、彼の人間性を物語る、いわゆる「ええ話」です。
が、マアくんのくだりなどは、律との関係の深さを語りはしますが、
本筋とは関係なく、本来なら必要のない蛇足にも思えます。
…が、「そんな偶然、あるわけないじゃん」と思いつつ、
こうした“遊び”が楽しいと思ってしまいました。

ちなみに、岐阜・梟町の喫茶店「ともしび」のママ、まさこさん(ふせえり)と、
東京の喫茶店「おもかげ」のマスター、シロウさん(東根作寿英)は、1969年頃、
岐阜県で開かれた野外音楽イベント「中津川フォークジャンボリー」で出逢い、
それをきっかけに付き合った恋人同士という裏設定があるんだそうですね。
(NHK・公式HP「コラム」

その後別れが訪れ、それぞれ岐阜と東京で別々に喫茶店を開くことになったのですが、
似た者同士なのでしょうか、それで外観やインテリアの雰囲気がそっくりなのだとか。
この裏設定が今後ドラマで語られるのかどうかはわかりませんが、
こうした“遊び”もやっぱり楽しいと思います。

雲2 

私たちには、そうした奇跡や宿命のようなものを信じたいという気持ちがあって、
たとえば昔話などでは、ベタな奇跡が、シンプルにストレートに語られます。
少女マンガなどもそうですよね。
「運命的な出逢い」とか「宿命的な愛の絆」とかがロマンチックに描かれたりする。

そもそも鈴愛と律の最初がそうでした。
7月7日という同じ日に、同じ病院で生まれるなんていう「運命的な出逢い」の2人。
「現実にあるわけないじゃん」と視聴者から総ツッコミが入りそうな偶然エピソード。

いえいえ、しかし必ずしも現実離れというわけでもないのでしょう。
モーニング娘・初期メンバーの飯田圭織さんのご両親は、北海道・札幌市在住でした。
が、お母さまは出産の際、実家の室蘭市へと帰り、同市内の病院で圭織さんが誕生。
そのわずか2日後に、室蘭市のまさに同じ病院で、
同じくモーニング娘の安倍なつみさんが生まれます。
2人とも同じ新生児室に在室していたわけで、もしかしたら、
なつみさんが生まれて初めて聞いた声が、圭織さんの泣き声だったかもしれません。
が、連絡も接点もなく、退院後、飯田さん母子は札幌市へと戻り、
2人は別々の人生を歩みます。
それが16年後、オーディションで知り合うことになり、
当人たちも知らないうちに、再会を果たすことになったのです。
スピリチュアルな番組では、2人を含めたモーニング娘初期メンバーは、
前世、アジアの寺院に仕えていた仲間同士の縁があると語られていました。

「アンビリバボー」な偶然の出来事が、実際、現実にあったりするものなのでしょう。
しかし、これをやったら、あまりにも出来過ぎていてウソ臭く思われるだろう──
というような忖度が働いて、
シリアスなドラマでは、そうした偶然や奇跡は避けるものです。
同じ日に、同じ病院で生まれるという、運命的な男女というのは、
少女マンガでさえ避けるような、“少女マンガ”的な設定です。
それを、ここまで堂々とドラマで展開すると、すがすがしい。

そんな運命の2人の男女には、
けれど幼なじみの親しさゆえに、恋愛モードの意識には至らず、
それ以上の関係に進みにくいというハードルが用意されます。
互いに相手を深く思いやるがゆえに、自分の本心の在処(ありか)を見失ったりする。
そして互いに別の恋人相手があらわれるなどの紆余曲折があって
読者(視聴者)はハラハラ……。
という展開も、少女マンガの王道でしょう。
「そんなこと、あるわけないじゃん」と思いつつ、
しかしそこに、「青春」とか言えば聞こえはいいけれど、誰もが通る、
青臭くって、愚かしくって、甘酸っぱくって、
思い起こせば赤面してしまうようなあの頃のリアルが描かれていて、
そんなベタな設定にもワクワクさせられるわけです。


▶フランソワ(カメ)

律が飼っているカメのフランソワも、律の運命を変えます。

もともと東京大学志望だった律は、模擬試験の結果から京都大学志望へ切り替える。
その京都大学を受験する前日、
律の受験票が入ったファイルと、鈴愛のライブ・チケットが入ったファイルの
取り違え事件が起こります。
受験日当日、間違いに気づいた律は、あわてて鈴愛の家に向かいますが、
そこで仙吉さんの貧血騒ぎに巻き込まれます。
鈴愛は一足先にライブ会場へ向かっていて、バスの中で間違いに気づきますが、
間に合いません。
かくて律は、京都大学の受験に失敗。東京の西北大学へと舵をきることになりました。

粗忽でうかつな鈴愛がファイルを取り違える可能性はおおいにあり得ます。
が、周到な律が間違えるはずがない。
と思っていたら、水槽を脱走していたフランソワが、
お散歩の途中でファイルの位置をずらして取り違えの原因をつくったというのです。

律の運命を変えるのが、
白い柴犬やカメという生きものたちの意図しない偶然というのがおもしろいところです。
ひとの人生の行方というのは、得てしてそういうものなのかもしれませんね。

律の変えられたその運命は、志望通りには行かなかったのですから、
これはつまり「不運」と言えるでしょう。
けれど、どうやら当の律自身は、必ずしも「不運」と考えてはいないらしいのです。
海藤高校の受験失敗のときには、春休み中引きこもって、
ピアノで奏でていたのはショパンの「葬送行進曲」だったと語られていましたが。

律の父親である弥一(谷原章介)は息子のことをよくわかっていて、
受験票をなくしても受験は出来るのに、当日、律がそのような行動をしたのには、
心のどこかに受験を避けようとする気持ちがあったのではないかと言います。
そう言えば精神分析心理学のフロイトも、言い間違いや忘れものなどの過失の裏には、
無意識的な意志が働いていることがあるというようなことを言ってましたっけ。

雲1 

律は鈴愛に、自分には挫折があったと心の奥底を語ります
(律は、鈴愛には本心を打ち明けることができます)。
そのひとつが、海藤高校の受験に失敗したという挫折。

3歳で九九を諳(そら)んじたという律は、周りから神童と呼ばれ、期待されました。
将来ノーベル賞を獲りたいという夢は、律発信の言葉でしたが、
それを鈴愛経由で聞いた母親の和子(原田知世)は、無邪気にその夢を信じました。
そうした周囲の期待に沿うことが、律には当たり前となっていた。
海藤高校の受験は、律の意志というより、そんな流れの一環に過ぎませんでした。

小学生の頃は、
燃料などの供給なしにずっと働き続ける“永久機関”を夢見ていた律でしたが、
中学生となったある日、それはどうやら人類の見果てぬ夢であり、
どうやら不可能であるらしいことに気づきます。
その挫折以降、彼はたぶん勉強することの意義とモチベーションを見失っていた。
そんな彼に出来たことは、周囲の期待に応えることであったのでしょう。
自らの意志で運命を切り拓いていくタイプが鈴愛だとしたら、
律は、周りの流れに乗り、流れに沿いながら
自分の道を見つけていくタイプだと思います。

huusen-g.gif 

もしも白い柴犬が現れないで、予定通り、律が海藤高校へ進学していたとしたら
どうなっていたでしょう?
て言うか、鈴愛とのつき合いが切れて、
鈴愛の存在なしに思春期・青春期を送ったとしたら、律はどうなったでしょう?

小学生の頃、友だちの出来ない律を心配していた母親の和子さんは、
「鈴愛ちゃんのおかげで、夢を語れる相手をもつことができた」と感謝していました。
マモル少年がマグマ大使を呼ぶように、鈴愛が3回笛を吹いて律を呼ぶ習慣も、
これは、鈴愛が救いを求めて、頼りにして、英雄(ヒーロー)を呼ぶわけですが、
誰かから必要とされることの意味とよろこびを、
律は鈴愛から教わったのだとも言えます。
頭脳明晰で回転も速く、ときにシニカルでもあった律は、
とかく頭でっかちになりそうなところを、
「そのまんま」でストレートに生命力をぶつけてくる鈴愛から
いろいろと教わるものも大きかった。

高校を卒業する、子ども時代の終わりを迎えようとしていた河の岸辺で、
鈴愛が、律の負担になるからとマグマ大使の笛を捨てようとしたとき、
律が「これは捨てないで下さい」と、律らしからぬ素直さで止めたのには、
自分の半身を失うような淋しさと、
むしろ律が鈴愛を必要とする気持ちがあったのだと思います。

もしも律が鈴愛なしで、海藤高校へ進学していたとしたら……。
どうなるかは神のみぞ知るで、こんな「If」は無意味ですが、
ひょっとしたら、律は何らかの屈折を経験していたかもしれません。
地方の秀才が中央の学校へ進学したとき、
そのレベルの落差に愕然としてドロップアウトしたり、
エリートが周囲の期待というプレッシャーに負けてストレスを抱えたり
というケースは、現実によく耳にするところです。

少なくとも律は、志望高校に入れなかったとしても、
劣等意識を持つわけでもなく、腐るでもなく、
まっとうにバスケットボールに夢中になり、
クラスの中で浮きがちな鈴愛をフォローする社交性を身につけました。
それが「不運」だったとは思えません。

志望の京都大学ではなく、西北大学へと進学したことにしても、
必ずしも「不運」ではないでしょう。
ロボット工学の宇佐川教授と巡り会えたこと一つとっても、
それはもしかしたら律の人生にとって幸運なことかもしれません。

自転車を倒したカエルが、実は仙吉さんにとっては幸運の使者だったように、
白い柴犬にしても、カメのフランソワにしても、
律にとっては、必ずしも不幸の使者ではなかったようです。

雲・ハート 

晴さん(松雪泰子)が言っていました。
──「同じことでも、見る方向によっては暗くも明るくもなる。」

弘法大師こと空海さんもちょっと同じようなことを言っていました。
──「あなたの心が暗闇であれば、出会うものはことごとく禍(わざわい)となります。
あなたの眼(まなこ)が明るく開かれていれば、出会うものはすべて宝となります。」

[「心暗きときは、すなわち遭うところ、ことごとく禍(わざわい)なり。
眼(まなこ)明らかなれば、途(みち)に触れて皆宝なり。」
──空海「性霊集」より]


同じ運命も、不運と思うか、幸運と思うかは、その人次第。
そのことを、名脇役の生きものたちが教えてくれたように思います。

物語のこれからの展開でも、
何らかのかたちで、またいろいろな生きものたちが登場するかもしれませんね。





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  1. 2018/06/09(土) 18:01:00|
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