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「Moon River wider than a mile……♪」

オードリー・ヘプバーンが、映画「ティファニーで朝食を」で、
ガットギターつま弾いて歌った1シーンはあまりに有名ですよね。
ミュージカル映画「マイフェアレディ」では歌を吹き替えに任せている彼女が、
ここでは自分自身で歌ってます。
そのために、作曲者ヘンリー・マンシーニは、オードリーが歌えるよう、
音域を1オクターブに限定して作ったのだとか。
「Moon River」って、1961年、アカデミー賞主題歌賞を受けたんだそうです。

そのちょうど40年後、2001年の夏。
知世さんがライブでこの曲を歌ったときは、さーすが、他称“日本のオードリー・ヘプバーン”。
自分でもオードリーが好きだといい、
「ローマの休日」のパロディ・コントでオードリー役までこなす知世さんだあー。
……と思ったのですが、この選曲は、オードリーつながりではありませんでした。

カバーアルバム「Summer Breeze」の選曲を進める中、
ゴンチチのチチ松村さんから、「これなんかどう?」とすすめられた中の1曲が、
メアリー・ブラックの歌う「Moon River」だったのだそうです。

ところで、この曲の歌詞をみると、Moon River って、
幅が1マイル(約1.6キロ)以上もあるっつーんだから、こりゃデカイ! 
おれんちの近所の石神井川より、そうとうデカイ。
もっとも、アメリカ大陸の大河はレベルが違うのかもしれません。
ミシシッピ川なんかだと、イリノイ州オールトン付近では川幅が1.6キロはあるそうで、
歌詞にピッタリ、1マイルの広さです。

と思いきや、これは必ずしも現実の川というわけではなさそうにも思えます。
月なんか浮かべちゃって。

もしかしたら、心の中にある川であったりするかもしれません。
夢をつくるもの(dream maker)であり、それを壊すもの(Heartbreaker)でもあるという。
心の中の自然性、無意識、みたいなもんでもあるのでしょうか。

そして、詞の中の“わたし”は、この川を「My huckleberry friend」と呼びます。
はるかなる川ミシシッピの岸あたりで、
トム・ソーヤーや悪ガキたちとムチャな冒険をしていたハックルベリーのような友だち。
これが和訳されると、“幼なじみ”とか“懐かしい友”となるらしいです。

詞では、そのムーンリバーに語りかけます。
おまえが流れゆくところにわたしも行こう。
そして、世界を知ろうと旅立った二人は「drifters:漂泊者、さすらい人」。
“虹の果て(言い伝えでは宝物が眠るという)”を追い求め……。
それはもう曲がり角の向こうでわたしたちを待ってるかもしれない……と続くわけです。
(もっとも日本語訳の中には、Moon River≠friend、
つまり、幼なじみはムーンリバーという象徴的な存在ではなく、実際の友人。
その友人が曲がり角の向こうで待ってるという解釈もあるみたいですが。)

映画でオードリー演じるミス・ホリディ・ゴライトリーは、
名刺に「traveling:旅行中」なんて記している通り、「drifters:さすらい人」なんでしょうね
(いや、driftersといっても志村けんさんじゃないですが)。

自由奔放で、世のしがらみとは無縁であるかのような(ホントは無縁じゃないんですが)、
しかし、だからこその孤独とむなしさ。
ホリー(ホリディ)が、大都会の隅の窓辺でこの歌をうたうとき、
“いつか胸をはって、ムーンリバー、おまえを渡ってみせる”とはいっても、
そんな漂泊者のさびしさとせつなさが漂います。

雲・ハート

これを、アイルランドの歌姫メアリー・ブラックが歌うと、また違う感じ。
都会のダブリン育ちのメアリー・ブラックは、それほど土臭い感じではないのですが、
「Moon River」が収録されてるアルバム「暗くなるまで」を聴くと、
アイルランドの山河が伝わってくるような気がします。

アコースティック色が強いせいもあるでしょうか。
アルバムには、トラッドな歌があったり、また、「Leaving The Land」という曲があったりします。
こいつは涙もんで、「さあ、ジェニー、行くよ。この土地から離れるんだ」と呼びかける。
自分の魂である土地を離れなければならない、その引き裂かれるような想いが、
しかし、感情を抑えた静かさで歌われています。
政治や宗教に翻弄され、
先祖が苦労して開拓した土地を奪われたアイルランドの農民の歴史が重なるわけですが、
そうした歴史を知らないで聴いても、故郷を離れる痛みがつきささるような気がします。

このアルバムのラストが「Moon River」。
このスタンダードを、彼女はリラックスした感じで、むしろ、さらりと歌ってます。
もちろん、楽曲のよさと伸びやかな声を楽しむだけでじゅうぶんで、
詞がどうの、背景がどうのと言う必要なんかまったくありません。

けど、彼女が、「My huckleberry friend」と歌うとき、幼なじみのハックルベリーは、
ミシシッピー河じゃなく、きっと故国アイルランドのどこかの水辺に住んでたんだろうなあ
という気がしてきちゃうんですよね。
そして、歌の中に流れるムーンリバーは、
きっとアイルランドの地下水脈とどこかでつながってるんだろうなあ、と思わせられる。

雲1

1996年、知世さんは、タンバリン・スタジオでのレコーディングのため、
トーレ・ヨハンソンさんと再会するために、スウェーデンへ渡りました。
その旅に付き添った貴和子さんが、おもしろいことを書いてます。

貴和子さん知世さん姉妹の父方のおばあさんという方は、ずいぶん昔、
筑前琵琶を抱えて演奏しながら、満州の地をひとり旅したというのです(原田貴和子「原石」より)。
それこそ「長崎ぶらぶら節」の古賀さんと愛八姐さんが、長崎の唄を訪ね、
あちこちを旅してまわった時代の話でしょうか? 

瞽女さんを彷彿とさせる、そうした芸能が当時あったんですね。
女ひとり、並大抵の苦労じゃなかったと思います。
(ちなみに、このエピソードを読んだとき、
おれは、知世さんが書いた「平凡な日々」という曲を思い出したのでした。
知世さんの曲にはなぜか“旅”が多い。)

自分で書きためた詞を抱え、遠い異国の地へと旅して歌づくりをする知世さんに、
貴和子さんは、そのおばあさんの姿を重ねています。
そう。知世さんもまた、「さすらい人」なのかもしれません。
14歳で、故郷の長崎を旅立って以来、ずっとずっと旅を続ける“drifter”。

 知世さんのお父上が、

「桐一葉つねに流浪のこころもつ」

という句を詠んでおられるのは、もちろん、ご自身の胸のうちを投影されての詠吟であるでしょう(原田左斗志句集「天に滴る葡萄群」より)。
 ですが、どこか知世さんと通じ合うようなところがあると感じてしまうのは、うーん、やはり気のせいでしょうか。

 いや、もしかしたら、現代に暮らすおれたちはみんな、母なる地から離れてさまよう「drifters:さすらい人」だったりするのかもしれません(いやいや、driftersといっても高木ブーさんじゃないですが)。

  
「さすらうよろこびにたどりつけた」
 と、知世さんはかつて歌いました(鈴木博文作詞「ノア」~アルバム「GARDEN」)。
 でも、さすらうよろこびって、半分、さすらうせつなさを抱えてる。
 故郷から離れれば離れるほど、人は故郷を想うのかもしれません。
 そんなせつなさが、「Moon River」にはあるような気がするのです。
 チチ松村さんから借りたメアリー・ブラックの「Moon River」を聴いたとき、知世さんは、故郷の夕方の風景を思い出したとラジオで話してました。
 子どもの頃の夕方の風景だそうです。

 そうなんですよねえ。なんか郷愁を感じちゃう。
 聴く人それぞれの風景を想い起こさせるものがある。
 そして知世さんがMoon River を歌うとき、その川の水は、もしかしたら、故郷長崎の岩屋川とつながっているのかもしれません。


 2002年の新年のライブで、知世さんの「Moon River」を改めて聴いたとき、おれは故郷の三浦半島で見た海の夕焼けを思い出してしまいました。
 いや、まあ、単に、知世さんの夕方の話が頭にあったんで、勝手にイメージしちゃっただけの話なんですが(←単純)。

 それにしても、まっ赤な夕焼け。
 オードリー・ヘプバーンの歌声は、ストーリーのからみもあって、さみしい感じ。真っ暗な夜を流れる川に浮かんだ孤独な月のような。
 ですが、知世さんの「Moon River」は、おれにとっては、あのあったかな色を思い出させてくれるようなのでした。
 こころン中までオレンジに染まっちゃうような、あの夕焼けの色。





【追記】

 それから後。
 2002年8月、渋谷でのライブ。

 リズムにのった曲の合間、知世さんは、椅子に腰掛けながら、5月の新潟・柏崎でのライブの想い出を話しはじめました。
 その会場には、地元のイベントということもあって、茶髪のこわもてのオニイサンから、きちんとお座りになられたおばあさんまで、いろんな方が、約3000人も集まったこと。
 それでも、歌いだすと、オニイサンも姿勢を直したりして、みんな、あたたかく聴いてくれたこと。
 終わってもアンコールが鳴りやまず、急遽、ぜんぜん予定にはなかった曲を1曲、追加して歌ったこと。
 その時も同行して演奏したギタリストの徳武さんと星川さんが、うん、うんと、やさしげにうなづいていました。
 もしかしたら、会場には、どこか“故郷の匂い”があったかもしれません。

 そこで目にしたのが、夕焼けだったそうです。
 その会場は“夕陽のドーム”と呼ばれるように、波音と風と、海に沈む夕陽をバックに楽しめるのだとか。
「そんな夕陽の中、とても気持ちよく歌えたのが、この曲でした……」
 と、紹介してうたったのが、「Moon River」。

 のびやかな歌声のその響きに、渋谷のライブ会場の聴衆みんなが、日本海の夕陽を想い浮かべたに違いありません。
 みんなのこころがオレンジ色に染まったひとときでした。

「Moon River」って、「なぜか、夕焼け」なんですよね。

〈2002年8/24〉







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