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pupaの朝霧JAMは好評のうちに終わったようで、ツアー、楽しみです。
pupa×細野晴臣さんとのセッションもワクワク。
ユーミンの名作「きっと言える」が、知世×ゴローでどんなボッサに生まれ変わるかも、興味津々の津々。
てな感じの現在の話題とはまったくズレた昔々の話題になってしまうのが、当ブログでありまして……。

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留守録のセットをしたのでした。
いまだにあいかわらずのおんぼろVHSビデオ。
その後、そのままにしとけばよかったんです.
が、だいじょうぶだろうか、だいじょうぶだよなと心配になり、仕事へ出発する前に何度も確認したのがいけなかった。
そのデッキでは、留守録をするためには最後の最後に電源をOFFにしなければなりません。
その電源を切り忘れた。
結果、喜び勇んで帰宅したおれを絶望が待っていたわけです。
ぎゃびーん、「原田知世 Life & Live」、録画出来んかった~~!
と、絶望の底であたふたしていたところを、親切な蜘蛛の糸が。
misaeさんの掲示板でC.J.さんにアドバイスをもらい、さとうさんにアドバイスをもらい、
そして、メールでタカタさんに助けてもらい、おかげさまで番組を見ることが出来ました。
遅れに遅ればせながら、改めて、ありがとうございます!

というわけで、番組の感想などをチラホラリと。

雲・輪

番組は、知世さんが運転し、鈴木慶一さんと伊藤ゴローさんをお誘いして、ドライブ。
3人で散歩したり、食事をしたりという、ゆる~い日帰り旅の道中、
合間に、3/1公演のライブの模様をさしはさみつつ、
“対談”というよりはあれこれおしゃべりしつつ、
知世さんのさりげない素顔を追いつつ、
そこから彼女のライフスタイルを垣間みるという──
まあ、つまりは「ライブ」&「ライフ」。

行き先は、房総・九十九里浜。
番組では、「空と糸」のPV撮影地(シングル・ジャケットの撮影地でもありましたね)として、
また、映画「サヨナラCOLOR」のロケ地として紹介されておりました。
ついでに言えば、故・植田正治さんがアルバム「カコ」(タイトルの作品以外のショット)、シングル「T'en Va Pa」のジャケットのために知世さんを撮影した場所も九十九里浜でしたっけ。

雲1

その海を目指して高速に乗る前(恵比寿あたりでしょうか? 外苑通りあたりでしょうか?)、
慶一さんがとあるとんかつ屋さんを見かけて、
「あっ、はっぴいえんどの入団テストを受けたところだ」
と思わずつぶやいていました。

おそらく1970年8月頃。当時、慶一さんたぶん18歳。
あがた森魚さんの自主制作盤を作るにあたって、細野晴臣さんの元を訪ねベースの参加を頼んだというから、その頃にはもう細野さんと交流があったのでしょう。
その細野晴臣さんと、そして大瀧詠一さんとこの店で話し合ったんだそうです。
もしも話し合いがうまくまとまれば、慶一さんは、細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂に続いてはっぴいえんどのメンバーになった可能性もあったのだとか。
が、結局、ここでの話し合いにより慶一さんは、ギターとコーラスのサポートメンバーになり、
その後、日比谷野音のコンサートなどなどに参加することになった。

“ビートルズになりそこなった男”を描いた「バック・ビート」という映画がありましたが、
ひょっとしたら慶一さんは、“はっぴいえんどになりそこなった男”なのでしょうか。
いえ、今も、5人目の“はっぴいえんど”と呼ばれることがあるようです。
しかし、もしも歴史がそうなっていれば、はちみつぱいも生まれず、「火の玉ボーイ」も生まれず、つまりはムーンライダーズも生まれなかった。
歴史は、男たちにそれぞれの道を用意したということでしょう。
結果的にはそれぞれの「happy end(幸せな結末)」が選ばれたわけです。
73年のはっぴいえんどのラスト・コンサートでは、慶一さんはピアノを弾いて参加し、その解散に立ち会っているそうです。
おれは、はっぴいえんどのことも慶一さんのことも、ずっと後になって知った人間ですが、
当時のアルバムの音を今聴いても新鮮に思えますね。

日本のロック界の草創期から歩んで来た慶一さんもスゴいと思いますが、
40年近く看板を守り続けて来たとんかつ屋さんもスゴいと思いました。
ロック史を語る史跡文化財として、そのうち指定されるかもしれません。

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かくて一行は、九十九里の砂浜へ。
曇り空は遠く鈍(にび)色。
そんな空のネズミ色と、海の青みがかったネズミ色がけぶるように溶け合う水平線をながめながら、
巨大はまぐりに舌鼓を打ち。
3人ギターをつま弾いて歌ったり(知世さんもギターを抱え)。
乗馬に打ち興じ、3人3馬、浜辺を歩いたり。
(馬という生き物は、いつもやさしい目ですね。)
知世さんを乗せたダイナ嬢も、道草を食(は)んでは道草を食って少々知世さんを手こずらせはしましたが、
気持ちよく浜辺の散歩に付き合ってくれたようです。
で、その時々に、
音楽の話ばかりでなく、健康談義や、家族小旅行の思い出話。
慶一さんが「60歳になったらサーファーになる宣言」をしたり。
ゴローさんと知世さんは寝台車がワクワクで、子どもは狭苦しいところが好きという話。
慶一さんは寝台車に押し込まれてツアーを回り、寝台車がシンドかったという話。
などなど、おしゃべりに花を咲かせておりました。

そんな中、たぶんスタッフから
「何か大切にしていることは?」
などと聞かれたのでしょう、
知世さんが、『大切にしていること』についてひとこと、ふたこと。

「今……ですかね。
今……。
……その瞬間をすごく大事に。
あまり先のことを考えて動くんではなくて、今、どうかっていう……。
それが重なって道筋になっていくんだなとも思うし。
1年後の自分と去年の自分ってやっぱり全然変わっているんですよね。
だから、その時にしか感じられないことってあるし、
下手したら今日と明日では気分も変わってるから。」


たとえば、好きな食べものがあったとき、以前なら残して取っておいて、後で食べようと思っていた。
けれど、お腹がすいた“今”という時に食べる方がさらにおいしい。
そう思い、先延ばしに残さないで、今食べようというように変わってきた……んだそうです。
食いしん坊の知世さんらしいたとえ話に、慶一さんとゴローさんが笑って相づちを打っておりました。

雲・ハート

食べ方って、一人っ子だったか、兄弟が何人いたかといった環境でも変わりますよね。
おれの友人は、知世さんと同じ4人兄弟ですが、彼の頭には、「おいしい物は残しておいて後でゆっくり食べる」という発想がありません。
子どもの頃の食卓は、ちょっとした戦場だったそうです。
残しておいたら誰かに食べられてしまう。ゆっくり食べていたら自分の取り分が減る。
今食べなければ、いつ食べられるかわからない。
同じ4人兄弟でも、知世さんの場合は末っ子で、みんなが見守って残しておいてくれる環境があったのでしょう。

おれは妹と2人兄妹です。
しっかり者の妹は、おいしい物は後でゆっくり食べるタイプ。
おやつなどは、お馬鹿な兄がガツガツ先に食べ終わった後、うらやましそうな兄を尻目にゆるゆると、実においしそうに食べるのでした。
兄としては、自分が「ウサギとカメ」のウサギになった気分で何だか悔しい。
そこでいくらか知恵をつけて食べるのを我慢し、妹が食べ終わったのを見計らってから、妹に見せつけるようにして食べたりする。
小さな妹には自分の取り分を分けてあげるのが当然なのに、まったくさもしい兄です。
しかし、悪の栄えたためしはありませんでした。

リスは食べものがなくなる冬のための貯金として、とった木の実を土に埋めておく習性があるそうですね。
が、多くのリスはその場所を忘れたりして、そのうちの何割かは掘り起こされないまま。
結果、春になれば木の実はそこから芽を出し、木々が育っていく。
リスの物忘れは森の成長を助けているのだそうです。
ところが、人間の物忘れは台無しです。
後で妹に見せつけて食べてやろうなどと考える意地の汚い兄は、物忘れも大得意で、
戸棚にしまった小判焼きを忘れて、結果、カチカチ。
ドーナッツはパサパサ。
最悪の場合、お楽しみはカビに蝕まれ潰(つい)えました。
ああ、あの時に食べておけばよかった……!
と、おやつを噛みしめることなく、後悔に臍(ほぞ)を噛むことがたびたびなのでした。

時間というのは、そういうものなのかもしれません。
貯金しておくことは出来ない。
冷蔵庫で保存しておくことはできない。
今というその瞬間、瞬間を味わって生きなければ、後で味わおうとしてもその瞬間は二度と訪れることはない。

雲1

知世さんが「今」を大切にしているらしいことは、前々から作詞を手がけた作品や発言した言葉の端々にうかがわれていたことでした。
当ブログでも、そんな知世さんにちょっと触れたりしたことも、そういえばありましたかのぉー……ズズッ(←お茶をすする音)。(http://porepore4989.blog68.fc2.com/blog-entry-9.html)。
それがここ最近のインタビューでは、改めて彼女の言葉として、より鮮明に語られているようです。

たとえば、雑誌「BAILA」2008年8月号のインタビューより。
「計画を立てても自分一人の思惑だけでどうなるものでもないし、だから今あることを、すべてきちんと見届けて仕事を重ねていくのが自分にはいちばんいいんだって、30代くらいから、そう思うようになったんですね。
先のことに気をとられて、今やるべきことをおろそかにするのがいちばんダメだなと思うので、どんなに小さいことでも、大切に楽しもうという姿勢がすごく大事じゃないかな。
きっとどこかで、誰かがそれを見ていてくれていると思うから。」



またたとえば、「commmons」季刊 web magazine の「原田知世×伊藤ゴロー・ロング対談」(現在、配信終了)にて。

好きなことをやるコツというのは?と聞かれて。
「なんだろう? うーん。『仕事は一生懸命する』でしょうか(笑)。
やろうと決めたら最後まできちんとやることとか、
出来ないことなら完全に身を離しておくこととか……。
『時を待つ』と言いますか、中途半端にあれもこれもとはしない、ということじゃないかなあ」


バッター・ボックスに立ったとき、苦手と思われる球やどんな悪球にでも食らいついていくという姿勢は、特に若い頃は大切でしょう。
それが自分の可能性を広げてくれたりもする。
が、選球眼が鍛えられ、自分の長所短所が把握出来てくると、自分にとって中途半端になりそうなボールは見送って手を出さないという姿勢も求められます。
その代わり、この球を打つと決めたら、全力でバットを振る。一生懸命塁まで走り抜く。
──あくまで推測ですが、知世さんがある時期からテレビのバラエティ番組に出なくなったりした理由の一つには、こうした選択もあったのかもしれません。
ファンとしては、“原田知世”の素の魅力をもっと露出してもいいように思ってるんですが。

「今までもそうなんですが、その時にしか出来ないことってあると思うんです。
その時の年齢だったり、精神状態だったり、周りの環境だったり。
その時々に毎回100パーセントを費やして、それは先ほどの一生懸命にやるということだと思うんですけれどね」


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祖母が亡くなってから何ヶ月かたったとき、おれはある夢を見ました。
この夏、祖母の七回忌だったんで、もう7年も前のことになります。
夢の中で祖母はごはんを食べていました。
質素な食事をいうのに「一汁一菜」という言葉がありますが、一汁も一菜すらもない、ただ、ただ、シンプルな白米のごはんを食べている。
100歳を越えた祖母は残り少なくなった自分の数本の歯を使って、ものを食べることが出来ました。
あちこちの店へも連れて行きました。好物の支那そば屋(ラーメン屋のことです)や、少女時代の思い出があるという浅草のすき焼きの店。
が、おれは、もっと美味しいご馳走を、もっと素敵なご馳走をいつか食べさせてあげられると思っていました。
そんなあいだに病院へ入院。
病院食でしたが、ちょっとした差し入れは許されていたので、見舞いの際には、煮物を作っていったり何かしら買っていったりしていました。
が、日に日に食は細り、少なめの病院食さえ残すようになる。
ごはんさえ食べられなくなる。
おれはそれでも、いつかもっと美味しいご馳走を、もっと素敵なご馳走を食べさせてあげられると思っていました。
そんなあいだに、他界。
もっと美味しいご馳走、もっと素敵なご馳走は、結局食べさせてあげることは出来ませんでした。
その祖母が、夢の中で、ご馳走ではなく、白米のごはんを黙々と食べている。

はて何の夢だったんだろう。
と目が覚めてからしばし考えたんですが、思い当たる気もしました。
大切なのは、いつか食べるご馳走ではなく、毎日毎日食べる一食一食のごはん。
それがたとえ質素であろうと一粒一粒、味わいかみしめること。
いつかご馳走をと考えながら、毎日をコンビニやカップラーメンでただ腹を満たせばいいというよな、心の貧しい食事をしがちなおれです(カップラーメンは最近少なくなりましたが)。
孫には小言や説教も言わない祖母でした。
その祖母は、黙ってごはんを食べながら、不肖の孫にそんなことを伝えたかったのかもしれません。
一食一食、つまり、一日一日、今という一瞬一瞬を大切にしなきゃダメだよー、と。

雲1

10月11日、緒方拳さんの悲報に続くように、峰岸徹さん逝去の知らせが伝えられました。
緒形拳さんは知世さんの義理のお父さん(「秋の一族」)、貴和子さんの実のお父さん(「長い散歩」)でしたね。
峰岸徹さんは、「天国にいちばん近い島」で知世さんを導くガイドの“深谷さん”でした。(「結婚」では、貴和子さん知世さんとも共演されてましたね。)
お二人とも、癌ということを知りながら、その最期まで一日一日を生き抜き役者魂を見せてくれたと聞きます。
その峰岸さんのブログ(「峰岸徹~トライアスロンと~」)から。
「この熱い夏の日、そして秋がやってきます。素敵な毎日だと思います。1日1日を本当に大切に生きて行きたいと思います。(中略)
素晴らしき地球。素晴らしき毎日にカンパイ。」

それにしても、ぐうたらなおれです。
祖母も夢に出て来るほどに、あの世で心配しているのでしょう。
ああ。
「毎日にカンパイ」と言えるほど、一日一日を大事に生きたいもんです。

「大事にせねばならんものを大事にせんでなあ、バチがあたるぞ、ん?」(11月1日公開予定・大林宣彦監督「その日の前に」へ出演した峰岸徹さんのセリフより)


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