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「今昔物語」に、父親を亡くした兄弟の話が出てきます(巻第31の第27)。
おそらく兄弟がまだ子どものときだったのではないでしょうか、二人は、いつまでもお墓に行っては父親に語りかけたりする。
まあ、今だったら、
「私のお墓の前で泣かないで下さい」
と言われるところです。
しかし、11~12世紀頃の当時は「千の風になって」もまだヒットしていませんでしたから、二人はしょっちゅうお墓へ行っては涙に暮れていたわけです。
が、やがて年月は過ぎ、

「公(おおやけ)に仕え、私(わたくし)を顧(かえりみ)るに堪え難き事ども有りければ」

というようなことになってきます。
ここで「公(おおやけ)」というのは朝廷のことだそうで、いわゆる宮仕えなのですが、今の一般的な会社とか、社会といっても通じそうです。
つまり、仕事が忙しくなってきて、私的なこと──プライベートを振り返ることが出来にくくなってきた。
そこで、兄はお墓のまわりに萱草(かんぞう)という花を植えます。
萱草は、百合によく似たオレンジの花を咲かせるやつで、詩人の立原道造が「萱草(わすれぐさ)」として詠っている花。
中国ではこの花を食すと高揚感があり憂いを忘れるといわれているそうで、日本でも昔から“忘れ草”として伝えられているんですね。
その花の通り、やがて兄は悲しみを忘れ、お墓からも足が遠のいていきます。
一方、弟はそんな兄を半ば心苦しく思いつつ、自分はお墓に紫苑という花を植える。
紫苑は、薄紫の野菊のような小ぶりの花をいっぱいつける花。
これを見る人は心に思うことを忘れないといい、“忘れな草”として知られているものです。
ヨーロッパで「Forget me not(私を忘れないで)」という名を持つ「忘れな草」とは別ものですね。

余談ですが、知世さんが去年、番組で須賀敦子作品を朗読していました(「イタリアへ…須賀敦子静かなる魂の旅/2006年」)。
その須賀敦子さんのエッセイに、紫苑が登場します(「セレネッラの咲く頃」~「トリエステの坂道」所収)。
須賀敦子さんはイタリアに嫁ぎイタリアで暮らした方ですが、そのイタリア人のお姑さんのささやかな庭に、日本で紫苑と呼ぶ花が咲いていたのだそうです。
ミラノのその土地では、9月に咲くので「9月っ子(セッテンブリーニ)」という名で呼ばれていたのだとか。
イタリアでも、やはり秋に咲くんですね。

さてつまり、兄は忘れようとして萱草を植え、弟は忘れまいとして紫苑を植えたのでした。
そしてその意の通り、弟は忘れずに墓参りを続ける。
するとある時、墓を守る鬼の声が聞こえてきます。
鬼といっても、「今昔物語」に登場する鬼は、つのがはえて虎のパンツをはいたモンスターではなく、霊的な、しかし実体のある存在ですね。
その鬼が言うには、
「おまえの真情に感じ入ったので、これからはその日いちにちに起こることを予知して夢で知らせてあげよう。また、事の善悪を明らかにして教えてあげよう」。
弟は、その力を手に入れることになります。
「今昔物語」の作者はこう文章を結んでいます。

──「喜(うれ)しき事」がある人は紫苑を植えていつも見るようにすればいい。「憂(うれ)へ」ある人は萱草を植えていつも見るようにすればいい。

「今昔物語」の数ある物語の中には、作者が見当外れの結論を付け足しているように思われるものがときどきあるんですが、この物語の結語もちょっとズレていると思います。
弟はうれしいどころか、とんでもない「憂へ」を抱えながら、わざわざそれを忘れまいとして紫苑を植えたんですよね。


おれの妹の連れ合いは、30歳に手が届こうという時に交通事故に遭い、当時2歳の娘を置いて逝ってしまいました。
突然に、細腕ひとつで(実際にはたくましい腕をしています)娘を育てなければならなくなった妹には、悲嘆にかまけている暇はなかったようです。
その後、彼女は紫苑を植えてながめこそしませんでした。
が、亡き夫のスナップショットを自室にさりげなく置いていて、たぶん毎日ながめているのだろう様子を見ると、彼女もまた夫を忘れたのではないのじゃないかと思います。
これから再婚することがあったとしても、おそらくは胸の底に彼のことを想い抱いて生きていくのではないだろうかと、たよりない兄は、たよりないなりに案じつつ思ったりしています。

忘れることで前向きになるということがあるのでしょう。
ため息に暮れ、見るもの見るものに涙し、食欲も生きる意欲もなくし、閉じこもってしまうようなとき。
そんなときには、忘れなければ生きていくことができない。
しかしながら、気をまぎらわせるよう周囲があれこれ促しても、自分で忘れようとしても、忘れることができない。
物語の兄のように、仕事に精を出して忘れようとする人もいるでしょう。それでも、面影が胸をついてきて、仕事が手につかなかったりする。
花を見て忘れられるくらいならこんなに簡単なことはありません。

一方、忘れないながらも前向きになるということもあるのではないでしょうか。
時間が解決するということもあるでしょう。
悲嘆から逃げずに、悲嘆を受けとめ、その時期を乗り越えたとき、悲しみの底から教えられるものがあるのかもしれない。

ここでおもしろいのは、「公(おおやけ)」のことに追われ、「私(わたくし)」にかまけている余裕がないために、兄は忘れようとする。
反対に、忘れまいとする弟は、たぶん「公(おおやけ)」のことよりも「私(わたくし)」を優先したのでしょう。
これは説話ですが、昔話に似た構造です。
一見すると、兄弟のうちの善い弟が善い報いを受けるパターン。
が、この物語では、どちらが善い、どちらが悪いというわけではなく、「今昔物語」の作者はどちらも非難していません。
ただ、結果的に、悲しみを忘れずに思い続けた弟が、鬼から“思慮深さ”というような贈り物を与えられることになっている。

雲・ハート


TVドラマ「やさしい時間/2005年」(脚本:倉本聡ほか)の主人公・涌井勇吉(寺尾聡)もまた、忘れな草である紫苑を植えることを選んだ一人だと思います。
彼は、バリバリの商社マンでした。
「私(わたくし)」の家庭を省みることなく、会社社会の「公(おおやけ)」に尽くし、世界を奔走していた。
その彼が、妻の事故死をきっかけに、リタイヤするかたちで北海道に移り住み、喫茶店を始めるというのがドラマの設定です。
毎回、ドラマの最後あたり──たいていは夜中、死んだ妻(大竹しのぶ)が登場します。
彼女は、もちろん鬼でも鬼嫁でもありません。
足もちゃんと見えていますが、まあ、幽霊なのでしょう、主人公の幻想の中の存在です。
主人公・涌井は、その日あったことを彼女と語り合い、自分のしたことの善悪をはかります。
その日いちにちに自分がしたことは、「あれでよかったのだろうか?」と。
「今昔物語」の弟が、亡き父と墓前で語り合うことで、鬼から事の善悪を知る知恵を授けられたのとちょっと似ているかもしれません。
その涌井が、商社のかつての同僚と再会したとき、今、自分は大事な仕事をしているのだと答えるシーンがありました。
その大事な仕事とは、商売や事業のことではなく、「振り返る」ことなのだと。
これまで「公(おおやけ)」の仕事仕事に忙殺され、顧みることのなかった「私(わたくし)」のいろいろなこと。
家庭。妻。息子。その家族との日々。
そうしたいろいろを「振り返る」ことで、いろんな想いに気づき、壊れた息子との関係──家族のきずなを再生していく。
ドラマはそういう物語でした。

仕事に打ち込むことが悪いとは、もちろん思いません。
しかし、とらわれすぎて、自分自身──「私(わたくし)」のことが見えなくなるということがあるのかもしれません。
リタイヤしたとき、あるいは、しばし立ち止まってみたとき、視野が変わって周囲が見えて、自分の姿に気づいたりすることもある。

映画「長い散歩/2006年」の主人公の元校長・安田松太郎(緒方拳)もそうでしたね。
謹厳実直な彼は、教育者という仕事を退職したとき、その謹厳実直さが自らの家庭を崩壊させたことに気づいていく。
人間性を見ない謹厳な“正しさ”が妻を追いつめたことにそれまで気づかなかった。(妻はアルコール依存症の末に亡くなったといいます。)
娘の反抗と憎しみを斥けるだけで、正面から受けとめ、娘のこころを見ようともしなかった。
退職の後に、ある少女と出逢う事で彼は“長い散歩”へと向かったのですが、それは、妻(木之内みどり)や娘(原田貴和子)への贖罪ともいえる旅でした。
もしも彼が、「公(おおやけ)」に従事していた立派な教育者の頃に少女と会っていたならば、こんな魂と魂が寄り添うような出逢い方はしなかったかもしれません。いっしょに“長い散歩”へ行くこともなかったのではないかと思います。
義務も肩書きもいっさいをなくして裸になってひとりの人間となったとき、悪ガキである少女のホントの姿が見えてきた。
そこから「私(わたくし)」のことも見えてきたのではないでしょうか。

しかしおれたちは、リタイヤでなくっても、それほどに長い散歩でなくっても、時々は立ち止まってほんの短い散歩をすることで、自身や家庭をちょいと振り返ってみる必要があるのかもしれませんね。
まあ、たとえば「長い散歩」という映画を観に行くなんてことも、そんなちょっとしたこころの散歩と言えるでしょうか。

雲1


死者を忘れずに、死者と語り合うことは、そんな小さな散歩の機会──いろいろ自分のこと、「私(わたくし)」のことを振り返ってみる機会を与えてくれたりするのでしょう。
哀しみとともに、しかし豊かさを与えてくれる。

映画「紙屋悦子の青春」の紙屋悦子(原田知世)が、戦争で命を落とした明石(松岡俊介)のために忘れな草(紫苑)を植え、あの弟のように亡き人と毎日語り合ったとは思いません。
明石は、いわば元恋人のような存在の人であり、彼女は現在の夫(永瀬正敏)と何十年という歳月を生き抜いてきました。
が、忘れ草(萱草)を植えて、彼をまったく忘却し去ったとも思えないのです。
彼女の胸のどこかにはやっぱり小さな紫苑が咲いていて、だからこそ遠いわだつみの声(波の音)を今も聞くことができるのではないでしょうか。
今、前の戦争を体験した世代は高齢となり、亡くなる方も増え、おれたちの世代では戦争のリアルがますます遠のいています。
そんな時だからこそ、亡き人々の声に耳を傾けることがますます求められているように思われてなりません。
紫苑を踏みつけにすることをせずに。


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