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休憩が終わり暗転。
メンバーとともに知世さん登場。
と、思わず連想してしまった。
「あ。マリ・ウィルソン」

これまで12/22、2/22公演の第二部衣装替わりでは、白と黒が胸元で分かれるシンプルなドレスだった。
が、今回は、オフホワイトのノースリーブのワンピース。
髪をくるりとまとめてアップ。
その切りそろえた前髪の上へ、いわゆるbeehive hair(蜂の巣箱ヘアー)と呼ばれるパーツを付け足せば、マリ・ウィルソンそっくりと思ってしまった。

マリ・ウィルソン


トモヨ・ウィルソン

マリ・ウィルソンはイギリスのシンガー。
高橋幸宏さんがリスペクトするトニー・マンスフィールドのプロデュースで、1983年、バート・バカラックの「Are You There?」をカバーしている。
幸宏さんが知世さんのアルバム「Music & Me」でこの曲を選び、アレンジした際には、彼女の歌ったイメージがあったのだという。

そもそも名前が、ダイアナ・ロスの隣りで歌っていたあのマリー・ウィルソン、シュープリームスのメンバーの名からとったのだとか。
金髪のふくよか美人だが、その名前の通り、60年代のモータウンを意識していて、サウンドや、白手袋のコーラスを従えたステージだけでなく、ファッションもちょっとモータウン風。
知世さんとは違うし、タイプ的にも歌い方もぜんぜん違うのだけど、登場した知世さんを見たら、「彼女をちらっと意識してるのかな」と思ってしまったのだった。
まあ、ぜんぜん関係ないかもしれないけどな。

などと知世さんの髪型をながめる余裕は、実はこの時ぜんぜんなかった。
「Are You There?」の演奏が始まり、と同時に何やら聞き慣れないドラムスの響き。
「え? なになに?」
と目を走らせたその先には、シーリングスポットの光に浮かび上がるドラムセット。
が、そこに坐し、スティックをふるうのは、先ほどまでの伊藤葉子さんではなく、誰あろう、高橋幸宏その人であった。じゃーん。
その音色を何と言おう。
一言でいえばタイト。
が、タイトどころではない。
高橋幸宏ファンにはおなじみなのかもしれないが。
シンセドラムを組み込んでいるのだろう、ドラムの皮膜にバウンドさせるというより、硬い板にビシッと打ちつける感じ。
ドムッ、タムッというまるみのある余韻が排除され、タンッと尖鋭的無機的に乾いた感じ。
響きは無機的にクール。
が、叩く幸宏さんは、これがめっぽう熱い。
coolに、hot。
これがまたcool(カッコいい)。
「いっしょうけんめい、やってみました」
と、演奏後に語った言葉そのままが、ストレートに伝わってきた演奏だった。

アルバムでの幸宏さんアレンジの「Are You There?」は電子音主体。
いわゆるエレクトロニカ。
高木正勝さんの曲とかもそうだが、アコースティック主体の他のアルバム曲といっしょに聴いても違和感がない。
ツアーでは、ヴァイオリンやチェロを交えたアコースティックな編成で演奏された。
が、アルバムアレンジと変わることのない印象だった。
というのは、つまり電子音であっても有機的。
生楽器と変わりない。
この追加公演ではさらに、打ち込みではない幸宏さんの生のドラムスが、アニマシオン(生き生きさせる)となっていた。
ヴォーカルよりもドラムスの方が観客の耳目を少々集めはしたが、曲がぐっと引き締まり、よりアニメート(活性化)されたようだ。

エレクトロニカといっても、たとえばアイスランドのバンド・ムームのように、生音も使いフォークにも近いような、温度感のあるものもある。
幸宏さん、あるいはもしかしたら幸宏さんが作ったバンドも、そうした方向に目を向けているのだろうか。

この日、そのバンド名とメンバーが発表された。
「Are You There?」が終わり、幸宏さんがドラムセットから降りながら、MCに参加。
「もう解禁してもいいということなので……」
と、前置きをして発表したのが、新バンド「pupa(ピューパ)」。
今年はバンドをやりますと知世さんが前々から言い、1月のラジオ(http://www.geocities.jp/porepore4989/radio/soundmuseum02.html)のコメントで幸宏さんが知世さん宛に、
「 今年も何か出来るといいですね。なんつって、一緒にやるつもりでいるのに。詳しいことはまたそのうち、一緒に口説きに行きます。」
と語っていたのは、このことだった。
会場、どよめきと拍手。

メンバーの高野寛さん、高田漣さん、堀江博久さん、権藤知彦さん4人の血液型は、B型。
対して、幸宏さんがA型。また知世さんがA型だという。
まあ、血液型といっても、科学的根拠があるわけでなく、血液型だけで断定するのは眉唾だが、「ふうん」と何となく納得出来てしまうのも不思議な事実だ。
奔放、マイペースなB型4人と、それをまとめる几帳面のA型、フォローするA型という図式を何となくホワホワ~~ンと思い浮かべてしまう。
クヨクヨ周りに気をつかい過ぎる傾向のあるA型の知世さんは、我が道を行くB型の友人に憧れているところがある。と、これは学生の頃の昔から言っていたことだ。
B型と組むのは楽しいのかもしれない。


続いて幸宏さんヴォーカルで、「CUE」
YMOのナンバーから、知世さんのリクエストだという。

おれは、YMOが音楽界の枠を超えて社会を揺るがした当時でも、作品をろくすっぽ聴いたことがなかった。
それで帰ってから当時の「CUE」を聴いてみると、曲の印象がぜんぜん違う。(You Tube《www.youtube.com/watch?v=xSVtCiD6zcA》)
幸宏さんが歌ったのは、こちらのアレンジだった。→(You Tube《http://www.youtube.com/watch?v=8vWtVE3Ib5k&feature=related》)
YMO散開から20数年を経た去年、HAS(Human Audio Sponge)またはHASYMOとして歌われたヴァージョン。

YMO当時、いわゆるテクノは、“テクノ”ロジーの部分が大きく取り上げられがちだった気がする。
が、“テクノ”ロジーはあくまでもツールのひとつに過ぎず、ほんとうはそれを駆使してどんなイメージを具現化するか、どんな感性を伝えるかの方が重要で、そこにこそYMOの真価はあったのだろう。
テクノロジーが一般化した時代となり、年月という波がすべてを洗い流し去ったとき、その核の部分が残った。
そんな洗練された、より人間的な、てらいのない「CUE」を聴いた気がする。

雲・輪


ゲストの幸宏さんを拍手で送り、再びツアーメンバーのみとなったステージで演奏されたのは、「By This River」
この曲を、12/22公演で初めて聴いたとき、知世さんのMCでは、タイトルの説明も何もなかった。
いや、どこかで聴いたよなと思ったら、伊藤ゴローさん(Moose Hill)が歌っていた(『カフェと、音楽と、』)。
(※このアルバム『カフェと、音楽と、』では、他にもnaomi & goroが『Moon River』を歌っていたり、ツアーメンバーの中島ノブユキさんや吉野友加さん(ティコ・ムーン)も参加していたりする。
そのティコ・ムーンの『初恋~映画「ニュー・シネマ・パラダイス」より~』には、夕刻ドライブ中に聴いていた知世さんが思わず落涙してしまったという。(日刊ほぼイトイ新聞内インタビュー《http://www.1101.com/store/T/2007aw/french/harada_tomoyo/index.html》)

それでオリジナルのブライアン・イーノが歌っている『Before and after science/1977年』を注文して取り寄せ聴き比べてみると、いかにも「down, down, down」な、クールな沈んだイーノの歌に対し、伊藤ゴローさんの歌には温もりがある気がする。
これは絶望の歌だ。
時代の行き詰まり。
「You and I(あなたと私)はともに「ここ」にいるはずなのに、交わされる会話はどこか遠い距離を感じている。
その疎外感。
そしてこれは美しい歌だ。
知世さんの歌には、歌詞云々を超えた静謐な美しさを感じる。

オリジナルではピアノで演奏される印象的なくり返しのリフが、この日のライブではティコ・ムーンの吉野友加さんのハープで奏でられた。
もう、とろけちゃいそうだった。
いいんだよなあ、これが。
美しかった。

ただ、この日知世さんのヴォーカルは、特に「down, down, down」という低音域の箇所など、じっくり歌う丁寧さが欠けていた。
もともと声域ぎりぎりの低さなのだろう、しかし、2/22公演のときにはもっと丁寧に歌っていたはずだ。
低音部の声を活かし、しっかり歌うことが、自身にとっても課題なのではなかったか。

ラスト近く、中島ノブユキさんのピアノと伊藤ゴローさんのギターが静かに静かに余韻を奏でているところへ、知世さんの鈴の束がにぎやかに入ってきたのもいただけなかった。
他の曲では、この鈴がいろいろと盛り上げてくれていただけに残念だった。
もっともこれは、返しのモニター・スピーカの都合など、やむを得ない理由もあったのだろう。
全体の音のバランスを把握出来ていれば、もっと繊細に鳴らしていただろう。また、繊細に鳴らしたつもりのはずが、存外に大きく響いてしまったことに気がつかなかったのかもしれない。

タカタさんによれば、この「By This River」は、イタリア映画「息子の部屋」(監督ナンニ・モレッティ、2002年日本公開)のエンディングで効果的に使われていたのだという。
突然の事故死で長男を喪った家族がショックでバラバラとなり、しかしやがて、その死を受け容れ、再生へと歩き出す物語なのだとか。
そうか。
この絶望の美しさは、再生の地平につながる美しさなのか。
涙なしで見られなかったそうだが、曲を聴くだけでも、何となくそれがわかる気がする。
タカタさんのオススメに間違いはない。
今度、DVDで観てみたいと思う。

雲2


そして高木正勝さん登場。
いかにも芸術家肌な印象。
体格もスマートで、神経も繊細そうな気がしてしまう。
が、そのたたづまいを見ていると、案外、気さくな方かもしれないとも思われる。
飄々としてピアノの座いすに着く。

知世さんは、高木さんが出演した山中湖のフェスティバルへ見に行ったときの話を。
車で会場へ向かっていたのだが、道路が渋滞して開演に遅れてしまう。
と思ったら、出演者側の高木さんも渋滞遅れで、時間が遅れて開演。
が、高木さんはあわてず騒がず、顔色変えることなくステージに上がられていた……。
と、ここまで知世さんが話したときに、高木さんが目の前のマイクに気付く。
「このマイク、使えるんですね」
と、MCに参加。
が、それほどにおしゃべりというわけではないらしい。

「高木さんに言われて、とても印象的な言葉があって……」
と、知世さん。
「知世さんは低い声がいいんじゃないですか」
と言われた言葉が心に残っているのだとか。
アルバム曲「Aie」制作時、京都在住で京都を本拠地として制作されている高木さんは、基本的なギターの音などを入れた時点で上京。
知世さんのヴォーカル録りをし、それを京都に持ち帰り、サウンドを制作。
その際に声を低音に加工して完成させ、知世さんに聴かせたところ、「これはおもしろい」と飛びついたという。
が、プロデューサーの伊藤ゴローさんは、
「これじゃ知世さんの声でなくなる」
と、却下。
低音ヴァージョンはお蔵入りになったのだそうだ。

自分のキンキンとした高い声にコンプレックスを感じている知世さんらしいエピソードだ。
周りからすれば、その高い声こそが魅力だと思うのだが。
しかし、低音の「Aie」も一度ちょっと聴いてみたい。

その「Aie」が、高木正勝さんピアノで演奏される。
おれは、アルバム中、この曲がいちばん好きだ。
ヨーロッパ映画の流麗さを思わせる。
ちょっと耽美的。
神経繊維の枝の裸になった先端がヒリヒリとくすぐられる気がする。
ウィスパー気味の知世さんの声の、蝶のまばたきにも似た震え。と、せつなさ。
かなしくて、きれい。
ライブでもそれが伝わってくる。

雲1


そして再びツアーメンバーだけとなったステージで、「シンシア」
ボサノヴァ風ジャジーなアレンジ。
こうした、ちょっとアダルトな「シンシア」を初めて聴いたのは、2年前のMoose Hill、原宿でのライブのときだったか。
やはり伊藤ゴローさんギター、中島ノブユキさんピアノ、徳澤青弦さんチェロ、吉野友加さんアイリッシュ・ハープという布陣だった。(このとき、pupaメンバーの権藤知彦さんはユーフォニアムを演奏されていた。)
そのMoose Hillアンサンブルに、知世さんがゲストで歌ったときのアレンジがこの「ボッサ・シンシア」だった。
それがアルバムでのセルフカバーにつながったのだろう。

「シンシア」という曲がもつ「シンシアリー(誠実さ)」というか「シンシさ(真摯さ)」という点では、やはりオリジナル・アレンジがいい。
ストレートに、のびやかに真摯にそれが伝わってくる。
ボッサ「シンシア」は、ストレートではない。
「シンシアリー」をワイングラスに注ぎ、手の中でそれを転がし、愛でるような感覚があって、シンシア(誠実)感に欠けるのだ。
生な感情から距離をおいて味わうような、これは大人の愉しみ方かもしれない。
どちらが好きかと問われれば、過去、オリジナル・アレンジのライブで涙ウルウルを経験した身とすれば、やはり前者に票を投じたい。
が、後者のこのボッサ「シンシア」も、これはこれでもちろん悪くない。


続いて「ロマンス」
25周年のアニヴァーサリー的ライブとしては、ここでトーレ・ヨハンソンさんにご登場を願いたいところだろう。

先日のラジオ(http://www.geocities.jp/porepore4989/radio/soundmuseum.html)で聞いた「ロマンス」誕生裏話を思い出す。
自分で書きためた詞をかかえ、トーレさんと再会するために遠い異国の地スウェーデンへ旅立ったのが1996年。
マネージャーらスタッフがいっしょとは言え、ほとんどひとりでのスタジオ・レコーディングの日々。
サウンドが完成しない骨組みの段階で、数曲のヴォーカル録りを並行的に進めるトーレさんのやり方に、当時の知世さんは慣れていなかったという。
曲全体のイメージが把握出来ないまま、どう歌っていいかわからず、ひとり戸惑い悩み、「煮詰まった」状態だったらしい。
そんなとき、陣中見舞いに貴和子さんが訪ねてきてくれた。
貴和子さんのエッセイ「原石」(扶桑社)を読むと、スタジオへ通うそんな知世さんとは裏腹に、貴和子さんにとっては、北欧の短い夏を彩るマルメ・フェスティバルを楽しんだりと、ちょっとしたバカンスでもあったようだ。
が、知世さんにとっては、そんな貴和子さんの存在が嬉しい救いだっただろう。
その貴和子さんが日本へと帰国する日の朝。
鏡をのぞくと、顔中、湿疹。
ああ、ストレスだと、自分でもわかったそうだ。
少女時代、ミュージカル舞台の前々日、あまりの緊張にまぶたを腫らしたこともあるという知世さんだ。

それでも、心配するトーレさんに「だいじょうぶ」と答えレコーディングを続け、PV(プロモーションビデオ)撮影にも臨む。
「ロマンス」のPVを見ると、知世さんの顔がやけに白っぽく映っている。
これは、強いライティングで顔の湿疹の影かたちをとばして写さないためだったのだという。
「(PVの画面では)ウルトラ笑顔な感じだったんだけどなあ」
と、聞き手の慶一さんが言っていた。
その「ウルトラ笑顔」のかげには、そんな苦労が隠されていたというわけだ。

自分を追い込んでがんばろうとする。
そのため、余計にストレスと緊張を背負い込む。
発疹というかたちで体が異常を訴えるほどに。
が、一方で、そうしたストレスや緊張を伴うほどの取り組みだからこそ、いい仕事に結びついたりする。いいステージをこうして届けてくれたりする。
「そういうものですねー」
と、慶一さんが言い、
「そういうものですねー」
と、知世さんがうなづいていた。
そういうものだろうと、しみじみ思う。

この日、その名曲「ロマンス」を歌う知世さんのウラトラ笑顔は、苦労もストレスも感じさせなかった。

雲・ハート


いったい何をこんなに長々と書いているのか。
本人もわからないまま、さらに続く。


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