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「ノスタルジア」~砂の旅人が見つけたもの

category: music  

「アンドレイ・タルコフスキー」

と聞いても、「え? それ誰?」状態だったおれは、この名前が黒木和雄監督の「ぼくの戦争」(岩波ジュニア新書)に登場しても、まったくスルーしていました。
その後しばらくして同じ本を再読したとき、彼が映画監督であり、「ノスタルジア」(1983年)を撮影した人であることに改めて気がつき、ポポンと膝を打ったというわけです。
(ホントは、電車の中で本を読んでいたので、こころの中で膝を打ちました。)
映画「ノスタルジア」のラスト。トスカーナの大聖堂の壮大な建物の下に、主人公の故郷のロシアの小さな家があるという、幻想的なシーンがあります。(おれは浅学にして知らなかったんですが、有名なんだそうですね。)
黒木監督が「父と暮らせば」で、原爆ドームの建物の下にヒロインの家を設定したのは、このシーンがヒントになったのだそうです。

Moose Hillのアルバム「Desert House」で、知世さんが歌う「ノスタルジア」
この歌詞の作者が「tarkov(樽湖夫)」さん。
これは、Tarkovsky(タルコフスキー)“好き”な作詞者が、樽湖夫“好きー”としてペンネームを名乗るのには、いかにもピッタリのように思われます。

もしも私の記憶が確かならば(確かでないことが多いのですが)、
Moose Hill(伊藤ゴローさん)の公式サイトで、アルバム制作の話題の中に、エドツワキさんが作詞をしているというようなことが書かれていた……。
ような、気がします。
そしていつのまにか、そのくだりが削除された……。
ような、気がします。
で、その後、そのアルバム「Desert House」を手にしてクレジットを見たとき、「作詞者tarkov」とあるのを見て「あれ?」と思ったことは覚えています。
まあ、記憶力の衰えをとみに感じる昨今、おれのまったくの記憶違いかもしれません。
しかし、実際の樽湖夫さんにはご迷惑な話しかもしれませんが、「エドツワキ=樽湖夫」同一人物説という妄想は、それほどには妄想的ではないかもしれないと。
いやいや、ペンネームの正体をアレコレ取り沙汰するのは、粋(いき)じゃないッスね。
無粋極まりない。
が、エドツワキさんと樽湖夫さんがまったくの別人で関係がないとしても、アルバムのジャケットを担当し、一連の作品を制作したエドツワキさんが、タルコフスキー“好き”で、その作品「ノスタルジア」も“好き”らしいことは確かであるような気がします。

えー、実は白状しなければなりません。
いや、泥を吐いてラクになりましょう。
──ポポンと膝を打って「ノスタルジア」のDVDを買ったものの、見ようとしながら何度も居眠りしてしまったのは、……おれです。
退屈というわけではないんです。でも、眠かったー。
「タルコフキーは難解だという人が多いが、私はそうは思わない。タルコフスキーの感性が並はずれて鋭いだけだ。」
と、かの黒澤明監督はおっしゃったそうです。
が、感性の鈍いおれは、タルコフスキーが難解だという人が多いことにすごく納得がいき、私もそう思うという人間でした。
ある掲示板で、Staff Sさんが、「ノスタルジア」はDVDではなく、劇場のスクリーンで観た方がいいとおススメしてくれたのですが、なるほど、そうでした。
画がキレイ。
舞台であるイタリアの、観光地としての風光明媚なキレイさではありません。
昼間になれば窓からきれいな景色が見られるよ、と言われて真夜中に案内される宿屋でも、その「きれいな景色」が映されることはありませんでした。
むしろ乱雑な廃墟や、殺風景な野原。飾りもない無機的な部屋。ゴミさらいをしたりしている温泉。たぶん歴史的な建物の円柱なども、曇り空のような光量の中でくすんで見える。
が、そこに奥行きがあったり、構図的に美しかったり、空気感があったりするわけです。
そして、水。
雨漏りの水滴に彩られるあばら屋。湧き水に浸される廃墟。
こうした水のある風景が印象的でした。
得てして引きの画が多く、登場人物たちはアップやバストショットよりも、ロングショットの中で描かれる傾向。
それは心象風景でもあるのでしょうか。人物もまた景色の一部のようでした。
映画は、たいていはいわば叙事詩(あるいは散文詩)にたとえられますが、この「ノスタルジア」は、叙景詩のようだと思いました。
物語は物語であるのですが、筋を追うというよりも、象徴的詩的な台詞を積み重ねながら、その場面場面の景色を描いていく。
それは現実の風景のようであり、夢の中の風景のようでもあり。
だから、居眠りに襲われて夢をみたという言い訳にはなりませんが。

そうして繰り返し描かれる景色のひとつが、主人公の故郷の風景です。
主人公のアンドレイはロシアの詩人で、18世紀の作曲家の足跡をたどる取材旅行でイタリアを縦断します。
その作曲家サスノフスキーという人は、故国ロシアを離れて放浪した末、故国へ戻れば奴隷の身になることを知りながらあえて故郷に帰り、その地で自殺をした人なのだそうです。
望郷(ノスタルジア)の想いにかられて死をも選んだということなのでしょう。
監督アンドレイ・タルコフスキーもまた故国ロシア(当時はソ連)を追われるようにして亡命し、パリで客死した人。
年表を見ると、この「ノスタルジア」完成から1年後の1984年に事実上の亡命宣言をしているのですが、イタリア撮影当時は、実際的にも精神的にも亡命と同じ境遇にあったと言えるでしょうか。
やはり故国ロシアを離れ、パリに住んだ画家シャガールが、好んでモチーフに故郷のヴィテブスク村を選び、繰り返し故郷を描いていたことも思い出されます。
主人公は別に亡命や流浪の身ではありません。取材旅行が終われば故郷に帰る予定で、事実帰ろうとします。
が、鼻血が止まらなくなるほどに病んでおり、帰る直前、ドメニコという男と約束した冗談ともつかない儀式をするために温泉町へ引き返し、その儀式を終えた直後に倒れ、おそらくは息を引き取ります。
その彼が、繰り返し故郷の風景を回想する。あるいは夢想する。
向こうに湖の広がるなだらかな斜面。そこにたたずむ女性たち(それは彼の妻なのか母なのかは語られません)。そして子どもたち(それも彼の子どもたちなのか、幼少時代の彼の姿なのかもわかりません)。
その風景を歩き回る犬。最初は白い点景にしか見えなかった白い馬。
そして、小さな家。
ラストシーンは、この牧歌的な小さな家の上に、トスカーナの絢爛たる建造物が忽然とそびえ立つんですね。

そう。ここで思い出されるわけです。
エドツワキさんは、「Desert House」のジャケットを依頼される前から、荒涼とした中に立つ小屋のイメージを描いていたそうですが、その一連の作品の小さな家。白い馬。女性と子どものシルエット。
これらのモチーフは、この映画の一風景の中にあるのではないか。
(ヘラジカ[moose]のツノ飾りのあるお洒落なhouseは風景の中にありませんでしたが。)
つまり、望郷への想い(ノスタルジア)としての「ホーム(家)」。
それは、感傷的(センチメンタル)なものではなく、どこか根源的なものなのかもしれません。

作品は、印刷されたジャケットではなかなかわかりにくいのですが、素材を流し込んだり、振りかけたりといった、マチエールに変化のあるものだそうですね。
その手触りの感覚と、シンボライズともいえるシンプルなかたちのおもしろさに気づかせてくれたのは、Moose Hill「“Desert House” Release Live」での伊瀬聖子さんが制作した映像でした。
ライブの途中、舞台からメンバー全員がいったんはけて、スクリーンだけが映し出される。
アルバムの表題曲である「desert house」が流れ、スクリーンには陽のかげった草原の雑草が風に揺れ、あるいは砂浜にたゆたう波が揺れ、そこにジャケット表紙のあのシンプルな家の作品が浮かび上がるのです。

desert house

すると、印刷ではわからなかったあのシンボリックなかたちが、冬を思わせる寂寞とした自然の風景の中で実体を獲得し、存在感をもって立ち上がってくるように思われました。
手で触ってみたくなるような。
それもまた「house」のイメージなのでしょう。


さて、雑誌の対談によると、伊藤ゴローさんもまた「Desert House」というテーマが、自分の中にずっとあったのだそうです。
砂漠に立つ孤独な一軒の家。
そこにはまた、デレク・ジャーマンのプロスペクト・コテージのイメージもあったのだとか。
……と、書かれているのを目にしても、ここでもまた、おれは、「え? デレク・ジャーマン? それ誰?」状態なのでした。
で、ちょっと調べてみると、彼は、画家にして詩人。かつ舞台美術家にして前衛的な映画の監督でもある。
彼はまたゲイの活動家でもありました。
その彼がエイズの発症を知り、自らの死期の近いことを悟ったとき、一人で移り住んだのが、イギリスのドーバー海峡に面したダンジェネスという町。
そこは、もとは漁師町だったのが、原子力発電所の設立のために多くの人々が土地を離れ、残ったわずかな住民が、石ころだらけの荒漠とした場所に点々と居を営んでいるのだとか。
その漁師小屋のひとつを彼は”プロスペクト・コテージ(見張り小屋、あるいは海を見渡す展望小屋とでも訳したらいいでしょうか)”と呼んで、日々を送ります。
コテージの壁には、16世紀の詩人ジョン・ダンの詩を彫刻し、彼一流のセンスで改装し、庭(ガーデン)を作る。
花を植え、浜に流れ着いた流木などから彫刻作品を作りオブジェとして配したそのガーデンは、ひとつのアートとして、映画のモチーフとなり(「ザ・ガーデン」1990年)、アート・ブックとなっています(「Derek Jarman's Garden」1995年[=エイズの合併症で逝去した彼の死後に出版されたもの])。
「荒野の閉ざされた空間。美しく配置された植物。」
と、伊藤ゴローさんはそのイメージを自らのライナーに記していますが、そんなプロスペクト・コテージの面影が、あの砂漠の家(desert house)にはあるんですね。

無機的な原発の建物がそびえる荒野。
防風林もないそこには、冬ともなれば海風吹きすさび、植物が生育できる環境ではなく、やっと地衣類が小石にへばりついている。
彼が植えた花も、厳しい冬のためにすっかり痛手を受けたりしたそうです。
そんな地の一隅に立つ孤独な家と、小さなガーデン。

「パラダイス(楽園)は庭に宿る。」

という一文が、「Derek Jarman's Garden」にあるそうです。
そこには聖書の「楽園」のイメージがあるのだといいます。
すべてが調和的に営まれる理想郷としての「楽園」と、しかしそこから人間が追われざるを得なかった「失楽園」という両義的なイメージ。
死を前にした詩人が、その最期の地に選んだのは、人が生きることを拒絶するような厳しい世界の中で、寄る辺となるささやかな「楽園」(ガーデン)であり、「家(ホーム)」だったのでしょう。
たとえば「もしも明日 この世界が終わりを告げる」(by 原田知世「As I like」)ときにも、種をまき続けるだろうと、デレク・ジャーマンはインタビューに答えています。
自分は、楽観主義者なのだと。
そして彼は、その生の終焉の時まで、「ガーデン」を作り、育て続けました。

楽園を追われた人間が求めた、小さな「楽園」。
あるいはそこに、故郷を追われた人間の郷愁(ノスタルジア)が求めた「家(ホーム)」を重ね合わせることもできるでしょうか。
アンドレイもまた死を前にして、遠い異国の地の大聖堂の下に小さな「家(ホーム)」を現出させたのでした。

雲2

しかしながら、曲の送り手がどんなイメージを抱いていたとしても、結局はリスナーの自由な想像に任せられるもの。
デレク・ジャーマンやアンドレイ・タルコフスキーを知らなくても、「Desert House」という音楽は楽しめるものです。
このアルバムは、全体的には、moose hillの様々なコラボレーションからこぼれ落ちた成果を改めてソロとして作品化したという印象で、遊び心たっぷり。

たとえば、「do re mi fa song」は、映画「サヨナラCOLOR」でも印象的だったクラムボンの原田郁子さんとのコラボをインスト化して、クラシカルな弦楽の調べをフィーチャーしたもの。

「sodra teatern」という曲の名は、高木一江さんとのコラボで訪れたスウェーデンのライブ会場のオペラハウスの名前なのだそうです。
そこでレコーディングした音源をノイズや笑い声も含めて再構成したもので、即興のようなおもしろさとコラージュして遊ぶ楽しさがあります。

「metro go round」は、いわばエドツワキさんのアートとのコラボで、パリ個展のために書き下ろした曲。
個展のテーマが「メリーゴーランド」で、訪れたパリの地下鉄の入口に本物のメリーゴーランドがあったのだそうです。
地下鉄の地下の線路をメリーゴーランドのように走り回る楽しさは、ライブでも味わえました。
そういえば、パリのメトロは、かつてザジも憧れていましたっけ。
彼女は、地下鉄のストのために結局、最後まで乗ることができませんでしたが。(原田知世「地下鉄のザジ」/映画「地下鉄のザジ」
曲のS.E.は、伊藤ゴローさんがパリの地下鉄を訪れたときに録音してきたのだそうですが、中には子どもたちのはしゃぎ声もあって、ひょっとしてザジの声? などと想像されたりもします。
憧れの地下鉄に乗っても、たぶんザジはあいかわらず悪態をついているでしょうが。
通勤のラッシュ時、空気の悪い東京の地下鉄でモミクチャにされていると、とても地下鉄に乗りたい気にはなれないのですが、この曲を聴くと、パリのメトロなら悪くないかなあと、ザジならずとも思っちゃいますね。

しかし、映画「ノスタルジア」をみてから(半分居眠りをこいていましたが)、表題曲「desert house」を改めて聴くと、不安に揺れる沈鬱な空模様の向こうにほの見える、温度感のある何か。
その何かはもちろん、砂漠の中の「家」なのでしょうが、それをたとえば「楽園」と呼び、たとえば「ノスタルジア」と呼んでもいいような気がしてきます。

雲1

さてところで、樽湖夫さん作詞の曲「ノスタルジア」は、白い馬が主人公であり、湖畔もモチーフとなって登場しますが、映画「ノスタルジア」のストーリーとはほぼ無関係です。
おれは最初この曲を聴いたとき、知世さん作詞作曲の「UMA」(アルバム「Egg Shell」所収)を思い出してしまいました。
単純に、馬が走るというテーマからの連想ですが、そこに大きな変化の跡が読み取れるような気がしたのです。
鈴木博文さん作詞の「ノア」(アルバム「Garden」所収)もまた白い馬の名でしたが、そこでは
「さすらうよろこびに たどりつけた」
と歌われていました。
「UMA」では、その「さすらうよろこび」──群れの外に出て、自分の足で草を踏みしめる“自由”が歌われていたように思います。
あるいは、いきいきとした自由感。
そこに見えるのは、自立した“個”としての「私」です。
「私」は、走ることで“私”を見いだす。
「私だけにある 私のために/あなただけにある あなたのために」、UMAは走るんですね。
対して、「ノスタルジア」の馬は、群れの中にいます。
といっても、どうやらこの群れは、“個”と“個”が出逢い同じ旅をともにする、いわば同士であるらしい。
馬はしばしば野生の象徴でもありますが、「ノスタルジア」の馬は野生に満ちています。
走り、いななき、「匂い」に本能的な「慕情」を感じる。
その匂いは「カノチノ ニホイ(彼の地の匂い)」でもある。
それは、ノスタルジア(郷愁)が指し示す故郷の地であるでしょうか。
あるいは、夢に出て旅へと誘う“湖畔の精”のいる湖の風景の地でしょうか。
大海の荒波を泳ぐサケが、故郷の小さな川のほとりの匂いを忘れないのにも似ている。
しかしまた、こうも歌われます。

「ワスル コトナシ アナタノ ニホイ」

群れという共同体をともにかたちづくる「アナタ」の中にも、ノスタルジアを感じているわけです。
「カワス コトバ ナニモイラナイ」ほどにこころを通わせる「アナタ」の中、その「アナタ」とのきずなの中にも、「家(ホーム)」があるのではないでしょうか。
そして、「家(ホーム)」があるからこそ、旅をゆくことができる。
港という存在があるからこそ、船が荒海へ乗り出せるように。
「UMA」の作詞者と「ノスタルジア」の作詞者は別人でしょう。
ですが、そこに同じような成長の軌跡をたどれるかのようなシンクロニシティ──ユングの説くシンクロニシティというよりは、“縁”とも呼べるようなある種の結びつきを感じてしまうのですが、これはやはり気のせいでしょうか。

砂漠は、過酷な土地です。
憩うべき緑、人や獣の生命を養う緑もわずか。命の綱である水もわずか。
そんな地で生きて行くためには、弱さ甘さは許されず、ギリギリの闘いに立ち向かわなければなりません。
砂漠で生まれた2つの宗教(キリスト教、イスラム教)が、自然に立ち向かい、コントロールしようとする絶対神をいただく一神教であり、その神が父性的であるのもうなづけます。
そんな索漠たる砂の地に、ほっとたたずむ一軒の「家(ホーム)」は、母性の象徴のようです。
それは「楽園」を偲び、「ノスタルジア」を偲べる存在であるでしょう。
そしてまたそこは、馬たちが帰る安息の場所、砂漠をゆく旅人が見つけた港──ひとつの安全基地であるようにも思われます。
あるいは、「アナタ」の体温ほどにあたたかい場所。

知世さんは前のアルバム(「My Pieces」)で自ら詞を書き、「届きそうで届かない新しい明日」へのもどかしさと不安に迷っていた“desert traveler”(「砂の旅人」)のことを歌っていました。
乾いた砂の果てに消えゆく夕陽を目指す旅人は、「どんなものを見つけるのだろう」かと。
そう。
砂の地を一歩一歩、たゆまずなおも歩み続けた旅人は、今、“desert house”という名の「家(ホーム)」を見つけたのではないでしょうか。
それはまた旅人にとって、新たなる旅の始まりなのかもしれません。




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2007_02_04

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エドツワキについて

エドツワキエド ツワキ(男性、1966年6月29日 - )は、日本のイラストレーター、ファッションデザイナー。広島県出身。広告ポスター、女性誌、CDジャケットなどに女性の肖像を描いている。2001年にファッションブランド「nakEd bunch」を立ち上げ。2005年5月、女優の原田知

[ イラスト&お絵かき お役立ちサイト ] 2007-02-20 18:26

about。。黒木和雄監督

黒木和雄黒木 和雄(くろき かずお, 1930年11月10日 - 2006年4月12日 )は、映画監督。宮崎県えびの市生まれ。宮崎県立小林高等学校|宮崎県立小林中学校(旧制)、宮崎県立都城泉ヶ丘高等学校、同志社大学法学部卒業。少年時代を満州で過ごす。高校時代の恩師の勧めで同志

[ お待たせ!映画ファン「映画監督・評論家編」 ] 2007-02-25 02:30

エイズ

エイズ後天性免疫不全症候群(こうてんせいめんえきふぜんしょうこうぐん)は、ふつうは英語名 ''Acquired Immunodeficiency Syndrome'' の略称でAIDS(エイズ)と呼ばれ、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染症。HIVは免疫機能の発動に必要なCD4+ T細胞と

[ リサの部屋 ] 2007-02-27 11:27

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