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原田知世がカバーした曲のオリジナルをYou Tubeで聴いてみる(3)

category: music  

1994年の暮れ、知世さんは、「Attends ou va-t'en」のカバーをシングル・リリースします 。
その約1ヶ月後、年をまたいだ1995年、同曲とカップリングの2曲を収録したアルバム「Egg Shell」をリリース。
2曲は「Egg Shell」の中で違和感なくアルバムを構成する曲となっています。
が、流れとしては約10ヶ月前に発表されたカバー・アルバム「カコ」の延長にあると言ってもいいかもしれません。
いわば、続・「カコ」。

雲1

「ATTENDS OU VA-T'EN」/シングル(1994年)/「Egg Shell」(1995年)
フランス・ギャルは、1963年に17歳でデビュー。
父親である作詞家ロベール・ギャルの曲なども歌っていますが、1964年、「N'ecoute pas les idles(アイドルばかり聞かないで)」でセルジュ・ゲンズブール作品と出逢っています。
そして1965年、セルジュ・ゲンズブール作詞作曲の「Poupee de cire, poupee de son(夢みるシャンソン人形)」が大ヒット。
これもミーナの「Un buco nella sabbia」同様、弘田三枝子さんらに歌われて日本でもヒット。フランス・ギャル自身も日本語で歌ったりしているようです。
以降もいろいろヒット曲があるようですが、中でもS・ゲンズブール作品は次の通り。
「Nous ne sommes pas des anges(天使のためいき)」(1965年)
「Baby pop(ベビー・ポップ)」(1966年)
「Les Sucettes(アニーとボンボン)」(1966年)
などなど。
アイドルのイノセントぶりを皮肉るような、あるいは猥褻な隠喩をすべりこませた歌詞だったりするのですが、そうした毒がまた受けたのかもしれません。
が、当時10代のフランス・ギャルはそんな皮肉を意識させないイノセントぶりで、それがまたキュートです。
「Attends ou va-t'en(涙のシャンソン日記)」(1965年)は、そんなS・ゲンズブール作品のひとつ。

France Gall "Attends ou va-t'en"



こちらの映像は19歳当時のものではなく、1997年、50歳を迎えようとしていた彼女のライブから。
その後、アイドルとしての低迷期から復活。シンガーソングライター、ミシェル・ベルジェとの結婚。彼の早世。難病による愛児の死。自身の乳がん……と、彼女もまた人生の荒波をくぐり年輪を重ねているようです。

France Gall "Attends ou va-t'en"



「UNE BELLE HISTOIRE」/カップリング(1994年)/「Egg Shell」(1995年)
ミシェル・フーガンは1965年にデビューしたシンガーソングライター。
すでにポップ・スターとしての位置を確立していましたが、1972年、11人の若手ミュージシャンを集めてビッグ・バザールを結成。
60年代後半のフィフス・ディメンションとかママス&パパスのような、あるいはヤング101のようなコーラス・グループでもあったようです。
そのミシェル・フーガン&ビッグ・バザール名義でリリースしたアルバムが「Fais comme l'oiseau」(1972年)。
明るく元気なポップ・チューンの一方で、哀愁に満ちた「Une belle histoire」を収録。
その「Une belle histoire」が大ヒットとなります。
それが1978年、竜真知子さんの日本語詞で「Mr. サマータイム」として日本のグループ、サーカスのデビュー曲となり、日本でも大ヒット。
よく耳にして親しんだメロディですが、知世さんのカバーは別の曲の印象でした。
この映像では、後半、イタリアのカテリーナ・カゼッリがゲストでデュエット。サーカスを思わせるハモりを聴かせていますね。

Michel Fugain "Une belle histoire"



huusen.gif



アルバム「カコ」以降も鈴木慶一さんと音楽づくりを進め、その成果がトーレ・ヨハンソンさんとの出逢いを呼びます。
手紙とともに送ったデモ・テープの「カコ」がトーレさんの耳を惹き付けたらしいのだとか。
そうしてトーレ・プロデュースの作品を発表し、その3枚目となるアルバム「Blue Orange」のリリースをひかえた1998年の初夏、ライブが行われました。
題して、「アコースティック・スペシャル "カコ”」。
慶一さんとギターマスター徳武弘文さん二人がアコースティックで……といえば、1996年・福岡「GAYA」ライブでの布陣。
さらに大胆華麗なパーカッショニスト三沢泉さんをまじえ、過去の曲をカバーする「カコ2」となるようなライブを、という企画だったそうです。
いわば、新・「カコ」。

いやー、このライブには、親戚中をかたっぱしから危篤にしてでも会社に早退届けを出し、抱えた仕事をほっぽり出して駆けつけるべきでした。
というわけで、不幸にして不覚にもライブを見逃したおれは、misaeさんのHP「Orange House」「LIVE REPORT」のページをながめ、想像する他ありません。
以下の曲目は、misaeさんのそのページの曲目リストによります。

雲2

「AS TEARS GO BY」/アコースティック・スペシャル "カコ”(1998年)
アルバム「カコ」ではマリアンヌ・フェイスフルの「This little bird」をカバーしていましたが、ここで知世さんは彼女の1964年のデビュー曲をカバーしています。

マリアンヌ・フェイスフルは、パーティーでローリングストーンズのマネージャーに見いだされ、デビュー。
ミック・ジャガー作詞・キース・リチャーズ作曲のこの曲「As tears go by」を歌います。
天使と評されたその美貌と歌声で、一躍アイドルとなる。
が、プライベートでは、デビュー前から付き合っていた男性と1965年、“出来ちゃった結婚”。当時18歳で長男を出産。
翌66年頃からミック・ジャガーの恋人となり(不倫状態)、ドラッグへと手を染める。
67年、メンバーらがドラッグをやっているところへ警察が手入れ捜査。
その時、風呂から上がった彼女が全裸であったため、公表されなかったものの噂がスキャンダルに発展。
清楚なイメージは崩れ、峰不二子を思わせるようなセクシーさも厭わないような映画に出演するようになったのはこの頃だったんですね。
形ばかりの結婚生活だった男性と1970年に離婚。すでにヘロインが心と体を蝕んでいたため、長男と離されることとなり、それがさらに追い打ちをかける。
自殺未遂。ミックとの別離。ボロボロになり、ホームレス寸前になったこともあったとか。
ヘロイン中毒の治療を続けながら仕事、また中毒のくり返し。三度の結婚。
そんな彼女に再びシンガーとしてスポットが当たります。
すでに67年頃からドラッグとアルコールのために声が変わり、かつての「天使の歌声」はしわがれていました。
が、それが魅力となっていたのです。
80年代半ばにはドラッグから完全に脱したそうですが、その苦しみは想像を超えるものだったでしょう。
彼女は強い女性なのだと思います。

そんな彼女の「As tears go by(涙あふれるままに)」を、デビューの頃の映像と、近年の映像で。
1965年の映像では、番組のホスト役のポール・アンカにこたえて、ビートルズの敏腕マネージャー、ブライアン・エプスタインが彼女を紹介していますね。

ちなみに、ローリングストーンズ自身も1966年に「As tears go by」を歌っています。
知世さんのデビューTVドラマ「セーラー服と機関銃」では、60年代オールディーズが劇中効果的に使われていましたが、後半、泣かせるいい場面でストーンズのこの曲が流れ、ドラマを盛り上げていました。

Marianne Faithfull "As tears go by"(1965年)




Marianne Faithfull "As tears go by"(2005年のライブ)



「HAPPENINGS 10 YEARS TIME AGO」
「CHANGE THE WORLD」/アコースティック・スペシャル "カコ”(1998年)

当日ライブに参加されたたこいきおしさんの述懐によれば(「糸納豆ホームページへようこそ!」HP内・「原田知世 collaborate with 鈴木慶一#2」のページ)、
ヤードバーズとエリック・クラプトンの上記の2曲のカバーは、慶一さんのメインヴォーカルだったそうですね。
エリック・クラプトン「Change The World」は、当時日産のCF曲として知世さんが歌っていました。
が、歌詞を覚えたのはCMに使われたサビのところだけだそうで、他の部分の歌詞はこのライブでも歌わなかったのだとか。
でも、両方とも渋くていい曲なので、映像をアップします。


Yardbirds "Happenings ten years time ago"



Eric Clapton "Change the world"



「PERCY'S SONG」/アコースティック・スペシャル "カコ”(1998年)
ボブ・ディラン初期の未発表曲。
60年代から80年代までの集大成ともいうべき「Biograph」(1985年)に収録されています。
1965年の英国ツアーを追ったドキュメント「Don't Look Back」(1967年)では、ホテルや楽屋でディランやジョーン・バエズが歌っている風景も収められていますが、ディランがタイプライターを打つかたわらでジョーン・バエズが「Percy's song」と「Love is just a four-letter word」を歌っています。
ディランが何の文章を打っているのかわかりませんが、曲に合わせたカチャカチャというタイプ音が微妙に曲のリズムを刻んでますね。
知世さんのカバーは、ジョーン・バエズの歌声に近かったかもしれません。


Bob Dylan "Percy's song"



Joan Baez "Percys song"







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2008_04_18

Comments

こんにちは 

面白かったです。また、きます。
ミカン  URL   2008-11-21 00:43  

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