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ライブ「原田知世『Music & Me』ツアー・3.01追加公演」~覚え書き・その3

category: live / performance  

「感激は幾年も塩漬けにしておく鰊(ニシン)ではない」
と、かのゲーテさんは言ったそうですが、
せっかくの感激も、塩にさえ漬けずに1ヶ月も2ヶ月も放っておいたら台無しですね。
魚と感激は、新鮮なうちにさばくに限る。
あの感激の3月1日追加公演から、もう2ヶ月余り。
元来がものぐさ、しかもブログというのは締め切りというものがないもんで、
ついつい覚え書きが途中で書き滞ってしまいました。
というわけで、公演の覚え書きの続き「その3」。
最近とみに記憶力の劣化が甚だしい上に2ヶ月前のことなので、
覚え“忘れ”書きになっているかもしれません。ご容赦を。

曲順も間違って覚えていたようです。
前回、「ロマンス」の登場順を間違っちゃいました。
記憶の曖昧さはかくのごとし。
眉にツバしてお読み下さい。


huusen.gif


大貫妙子さんがステージに現われた。
原田知世と大貫妙子。
このお二人のツーショットを生で見られるとは思わなかった。
長生きはするものだ。
知世さんも小柄だが、大貫さんもまた小顔の小柄で、背も知世さんとほとんど変わらない。
この小っちゃな女性が、地球の最果て(南極)や、ライオンとハイエナと虫が闊歩するサバンナへ乗り込む冒険者であると誰が思うだろう。
いや。
よく目をこらせば、それを感じさせる何か凛とした佇(たたず)まいが見えるかもしれない。
もっと目をこらせば、穏やかな視線の中に、好奇心いっぱいの子どものような率直さと悪戯(いたずら)ごころが見え隠れするのがわかるかもしれない。

大貫妙子さんの音楽を聴くと、いつも品のよさを感じる。
品格といってもいい。
上品というよりは上質さ。
枝葉を飾りいたずらに茂らせるのでなく、根っこと幹の人間的な健康さが音楽にもあらわれているような気がするのだ。
それが佇(たたず)まいの凛としたところにもあらわれているのだろうか。

ステージの上ではむしろ大きく見える。
存在感。


その大貫妙子さんが「色彩都市」を知世さんと歌う。

知世さんがアルバム制作の際、妙子さんの昔の曲からカバーさせてもらうことになり選曲を進めていたところ、たまたま妙子さんも知世さんもこの曲で一致したのだという。
奇しくも二人とも、11月28日という同じ誕生日。どこか感性にも似ているところがあるのだろう。
もっとも血液型は、妙子さんはB型で、知世さんはA型。
同じ誕生日でも
「そこから(枝が)分かれていくんですね」
と、知世さんが言っていた。

アルバム「Boucles d’oreilles」では、ピアノやストリングスのアコースティックな音色で自らの曲をセルフカバーしていた妙子さんだ。
このステージのアコースティックな編成と伊藤ゴローさんのアレンジに、違和感のあるわけがない。
妙子さん自身がずっと昔からこのアレンジで歌っていた錯覚さえする。

歌い方では、二人の違いが顕著となる。
大貫妙子さんは近年、特にバラードで、呼吸と「間」に独特な使い方が見られる。
たとえば、
「とつ……ぜんの……、おく……りもの……♪」
というように、言葉を切る。
「切る」といってもブレスを切っているわけではない。
何て言ったらいいだろう、呼吸は続けながら、吐く息に乗せる声の言葉を一定のリズムの中で詰めたり開いたりして「ため」をつくる。非常にわずかな「間」をつくる。
シャンソンなどに見られたりする、語るように唄う歌い方に近い。
その「間」がドラマティックな効果を自然に演出して、思わず引き込まれてしまう。

知世さんの「色彩都市」もいいが、やはりオリジナルの本家本元ヴァージョンは味わい深かった。
原田知世ファンであり大貫妙子ファンでもあるshimizuさんによれば、あれほど声の出ていない妙子さんは聴いたことがないという。
たしかに本来の調子ではなかったかもしれない。
が、味わいを聴かせてくれた。
歌っている大貫妙子さんは、やはり大きく見える。


この頃になると、客席のテンションも最高潮。
おれたちは熱くなっていた。
センシティヴな知世さんはその気配をビンビンに感じていたのだろう、どのタイミングだったか失念したが、
「みんなの熱気がほら、こんなに」
と、ちょうど波打ち際に押し寄せる波の水に触れようとするかのように、ステージ・フロントの前際の空間へ手をかざしてみせた。
すると、たしかにその押し寄せた観客の熱気で、知世さんの手が一瞬ゆらめいたような気さえする。

しかし知世さん自身のテンションも最高潮。
それには、大貫妙子さんと同じステージに立って歌うといううれしさもあったのだろう。
歌の途中、時折妙子さんと見交わす視線が喜びではちきれそうだった。
少女時代から作品を書いていただき、見守ってもらってきた。
と同時に、シンガーとして、アーティストとして、ひとりの人間として、その背中を見続け、追い続けてきた方のひとりと言えるだろう。
その妙子さんと、アニバーサリーのステージをともにするというのは、代え難い感激だったに違いない。


そうして続いて、「彼と彼女のソネット」
ほんとに長生きはするものだ。
宮沢賢治のように37歳でこの世から旅立っていたら、大貫妙子原田知世の「彼と彼女…」は聴けないところだった。

雲・ハート


歌い終わり、妙子さんが下手へはけていく。
もちろんおれたち観客は拍手を惜しまなかった。
知世さんもまた、妙子さんの姿が完全に下手へ消えるまで、ずっと見送っていた。

そういえば、今夜のゲスト全員に対してそうだった。
普通なら、「ありがとうございました」の一言で、ステージの次の段取りへとすぐに切り替えるところだ。
が、知世さんはゲストが下手へと消えた後の余韻も含めて、ずっと舞台上から見送っていた。
ずいぶん長い間。
いかにも知世さんらしい。
単なる礼儀のよさではないだろう。
ゲストの方ひとりひとりへのリスペクトと感謝を感じる。

雲2


……と、実際はこの後「ロマンス」が歌われた。
が、記憶違いのため、前回登場させてしまった。
先を急ごう。
「ノスタルジア」

すべてがこの曲から始まった。
伊藤ゴローさんとの出会い。
ゴローさんのアルバム(『Desert House』)に参加し、この曲を歌う。
そこから、「Music & Me」のアルバム制作、全国ツアーへと道がつながっていった。
この歌詞もまた、知世さんの世界を一回り広げた気がする。

その「Desert House」ヴァージョンは、ピアノのみずみずしい音色が印象的で、ダイナミック。
歌詞に登場する草原を駆る白い馬は、ギャロップ(全力疾走)ほどではないにしろ、キャンター(駆け足)の軽快感、爽快感があった。

対してアルバム「Music & Me」で録音されたヴァージョンは、ギターのアルペジオの伴奏。
曲のリズム速度はそれほど違わないかもしれないけれど、ややトロット(早足)気味に、歩く感じ。
そうやって歩く馬の群れを、ぐーんと引いた映像──遠景で、客観的にながめるような感があり、ヴォーカルは静かで落ち着いた印象だった。

ステージのアレンジは後者に近い。
が、のびやかなヴォーカルは、それほど静かではなかった。
昂まりとともに、知世さんの声が草原をゆるやかに軽やかに、そして駆ける。
3拍子のリズムにはずんでゆっくりと駆けて行く臨場感。
白い馬は25年間、時に歩き、時に立ち止まり、時に迷い、時に走り抜け、そうしてこのステージの場所へやってきたのだろう。
これからも、そうしてまた歩き続けて行くのだろう。
彼女の前に、風のうねる草原がどこまでもどこまでも広がっている気がする。
第二部のラストを飾るにふさわしい「ノスタルジア」だった。

雲・輪


そしてメンバー全員がはける。
鳴り止まぬアンコールの拍手。
……というのは、今は“お決まり”事で、通常は手の疲れる形式的な儀礼になっているのだが、
この時ばかりは、本当にアンコールを望んでいた。
手のひらも痛くなれとばかりに拍手していた。
メンバー再び登場。
ツアー・Tシャツを着て知世さん登場。
アンコールにこの姿で登場するのは、今回のツアーの定番だ。
写真家・森本美絵さん監督の「くちなしの丘」PVをモチーフにしたデザイン。
このTシャツ、それからツアーの衣装も、nakEd bunch。
ご存知、知世さんのご夫君エドツワキさんのブランドだ。


エドさんは(…と言っても“はるみ”さんではない)、今回、衣装だけでなく、いろいろな場面で活躍していたのではないだろうかと思わせられる。

2007年の1月。
「あれ? もしかして今年ってわたしのデビュー25周年?」
とふと気付いた知世さんが、「大変です、大変です」と、あわててゴローさんの元へ駆け込んだらしい。
そこで4人が集まり、アルバム制作からツアーに至る、いわば「music & me」プロジェクトについての計画の話し合いが始まったという(伊藤ゴローさん/Moose hillのブログ『Jungle Of Days』)。
その4人とは、ゴローさん、知世さん。と、それぞれのパートナーである伊藤葉子さんとエドツワキさん。
「m&m」プロジェクトのアイディアやコンセプトは、もちろん知世さん自身とプロデューサー伊藤ゴローさんによるものだろうが、ブレーンのひとりとしてエドさんも参加していたことになる。

そもそも知世さんが伊藤ゴローさんと出会うきっかけとなったのは、エドさんを通じて。
彼のパリの個展で、その音楽を担当した友人であるゴローさんを紹介されたという。
エドさんはイラストレーターとして様々なアーティストのアルバム・ジャケットを手がけるだけでなく、音楽の分野の人々とも多くの交流があるようだ。
今回、アルバムやライブに参加されたミュージシャン、楽曲の提供をお願いしたゲスト・ミュージシャンは、ゴローさんつながりで知り合った方も多く、同時にエドさんつながりという方も多いらしい。
意外に「人見知り」体質の知世さんが、今回、新しいアプローチに積極的なのも、エドさんという触媒役の存在の影響があるかもしれない。
あるいは、エドさんという人柄に刺激されて、自らの「人見知り」体質を変えようとしているのかもしれない。

「ご内助」と言えば、奥さんのことだ。
が、内から助けるという意味で言い、「内助の功」という言葉が男性にもあてはまるとすれば、
自分の多忙な仕事の一方で、知世さんをフォローし、見守るエドさんは、その功多しと言えるのではないか。


ところで、前々回、知世さん作詞の「きみとぼく」という歌詞は、男女とか特定の人物を想定したというより、彼女の家族や、出会ってきた友人や大事な人々とのつながりがモチーフだと書いた。
あちこちのインタビューで知世さんが言及していることで、それは間違いない。
misaeさんがこの曲を聴き、つい先日亡くなられたご母堂のことを想われたという。
そんなふうにリスナーそれぞれの胸の中で、曲は聴き継がれてゆくのだろう。

が、家族や友人知人に対しても、その出逢いは偶然ではない、すべてに意味があると確信するに至るには、
そう思わせるような原体験があったのではないだろうか。
"he"、"she"、"they"(彼、彼女、彼ら)という三人称の関係ではなく、
"you & me(汝と我、あなたと私、きみとぼく)"というような、二人称・一人称の関係で近しく向き合う中で、
そう思わせられるような体験を得たからこそ、
周囲の人々とのつながりにも改めて目を向けることが出来た……のではないか。

先入観なしにこの歌詞を素直に聴けば、ひとりの男性とひとりの女性の風景が浮かび上がってくる。
この世界にひとつの太陽と、この世界にひとつの月のように。
前世や来世といった時空を超えた無二の存在として。
また、朝早く秋の澄んだ空気の中で散歩しながら「君」を想うという、身近な日常生活の中の存在として。
知世さんの詞では定番の「男性からの視点」で、やはり、生活をともにする特定の男女の姿が描かれていると思われるのだ。

いや、つまり、知世さんはよきパートナーを得たんじゃないかという、まあ、そういうことです。
この「Music & Me」も、彼がいてこそ、と思われる。

雲1


アンコール1曲目。キセル再び登場。
「くちなしの丘」
ツアー中、知世さんはこの曲をソロで歌ってきたが、今夜は、キセルがゲスト。
キセル・兄の豪文さんがコーラスに参加し、アルバムに近いかたちで聴くことが出来る。

キセル・弟の友晴さんがミュージカル・ソウをかかえてフロントに陣取る。
これが噂のミュージカル・ソウ(演奏用のこぎり)。
最近ではサキタハヂメさんが活躍されているが、やはりお笑い好きとしては、すぐに横山ホット・ブラザーズを連想してしまう。
ノコギリを太鼓のバチでたたいて、ビュア~ン、ビュヨ~ンと鳴らし、
「お~ま~え~は~ア~ホ~か~」
とやるアレだ。
キセル・ブラザーズにもぜひそんなネタを見せてほしいとリクエストしたいところだが、
そんな余裕はなく、曲が始まる。
一言、MCでミュージカル・ソウに触れてもらいたかったが、そんな余裕もなかったようだ。

友晴さんが器用にのこぎりを操る。
太鼓のバチではなく、ヴァイオリンの弓を使うスタイル。
テルミンにも似た音色が、ゆあーん、ゆよーん、ひょよよよよーん。
どこかとぼけているような、どこか哀愁をさそうような、浮遊感のある音色は、キセルの世界に合っているのだろう。
そしてもちろん「くちなしの丘」にも。
アルバムの中でも聴こえているのだが、もっとフィーチャーされてもいいように思う。


「くちなしの丘」のDVDでは、知世さんがテーブルの上でケーキを作ったり、文庫本を積み上げたりという、なにげない日常を楽しむ映像になっている。
オマケの「ミギテくんとヒダリテちゃん」ヴァージョンも、知世さんはけっこう楽しげだ。
キャッチーな親しみやすいメロディもあいまって、どこか哀愁をはらみながらも、総じてふわっと明るくゆるい曲の印象。
それが、ツアー後半2/22公演を聴いて、おれの中の印象が一変した。
ツアーで歌い込むうちに知世さんの表現が深化したということもあるだろうか。
この曲、やたら、せつないのだ。

「くちなしの丘」の「くちなし」は、もちろん花。
と同時に、その花言葉の数ある説の中に「沈黙」という言葉があるように、
「口無し」──言葉を口にしないというイメージも呼び起こされる。
言葉はいつも近似値だ。
心にある想いそのものではない。
奥にある想いをすくいとって言葉にしようとしても、何かがこぼれ落ちてしまう。
言葉にできない心の震えが取り残される。
外へ現われ出た言葉が嘘のようにも感じられてしまう。
想いが深ければ深いほどに。

「言葉にしたら すぐに壊れて きっともう戻らないから」

この曲を歌ったステージの知世さんにゆるさはなかった。
むしろ、しみじみ、せつせつと訴えるような力強さ。
ああ、それがこの曲の本来なんだと気付かされた。
いい曲だと思う。
作者のキセル・兄、豪文さんのコーラスで、その感触がいっそうに伝わる。

雲2


アンコール2曲目。
キセルお二人に替わり、大貫妙子、鈴木慶一、高橋幸宏各氏三人が登場。
サプライズだ。

大貫妙子さんと鈴木慶一さんは、「Beautiful Songs」コンサートの5人( 大貫妙子・奥田民生・鈴木慶一・宮沢和史・矢野顕子)の一角として共演している。
鈴木慶一さんと高橋幸宏さんは、ビートニクスというバンド・ユニットでタッグを組み、断続的に活動を行っている。
高橋幸宏さんと大貫妙子さんは、冨田恵一さんのセルフ・プロジェクト”冨田ラボ"で、アルバムとコンサートに参加。「プラシーボ・セシボン」をデュエットしている。
が、3人そろっての共演というのは、これまでなかったらしい。

そんな話を今回のライブのリハーサルのときにしていたのだという。
そうして急遽、伊藤ゴローさんの側から、それでは1曲共演していただこうとこの曲が決まったのだという。
「Moon River」
知世さんもライブで大切に歌っている曲だ。

その知世さんが始めに歌い、妙子さん、慶一さん、幸宏さんへとバトンが手渡されるように、歌い継がれていった。
妙子さんは過去に歌ったことがあると言っていたが、他の二人には初めての曲なのだそうだ。
間奏で転調し、それぞれの声のキーに合わせていたが、なにしろ急拵(ごしら)え。
出来は完璧とは言えなかった。
が、知世さんを囲んでのビッグ3(スリー)の競演は、それぞれの個性も楽しめて、観客にはうれしいビッグ・プレゼントだった。

雲・輪


そうして、いよいよ大詰め。
残されたのはあの曲。

ゲストとメンバーが去り、ステージに残ったのは知世さんと、ギターの伊藤ゴローさん、ドラムスの伊藤葉子さんの3人。
何十年ぶりかでこの曲のレコーディングとなった時、どう歌えばいいか知世さんは悩みあぐね、ゴローさんはアレンジを試行錯誤したらしい。
が、ふとゴローさんがボサノヴァっぽくギターをつま弾いたとき、その音色に誘われるように知世さんが歌い、歌い方を体得(?)出来たという。
葉子さんは急遽、手近にあったつまようじの容れ物にコーヒー豆を入れて手作りのシェイカーでレコーディングに臨んだのだとか。

今、ドラムセットで葉子さんが振るうのは、香ばしいコーヒー豆のシェイカーではなく、ドラムスティックだけれど、その時の情景がそのまま、ステージに再現される。
そして知世さんが「時をかける少女」を歌った。

およそ4半世紀前、この曲を聴いて育ったファンには感慨深いものがあったに違いない。

おれもファンのはしくれのひとりとして、確かにその頃、この曲をさんざんに聴いた。
この曲が主題歌の映画のビデオも、時折思い出してはさんざんに観た。
けれど、今この曲を聴いて、実は、感慨というものが何もない。
不思議なことに。
セルフカバーとしてよみがえったわけなのだけれど、懐かしくはない。
25年前のあの曲はあの曲として、2008年のこの曲はこの曲として、まったく別物のように思えるのだ。
まるで知世さんの新曲を聴く気持ち。
そしてこの新しい曲は、なかなかにいい曲だと思う。

ライブで聴くとさらにいい。
耳元にささやかれるような歌声。

「あなた わたしの元から 突然消えたりしないでね」

これは、映画の物語にも絡んだ歌詞だ。
が、この切なるせつない願いは、子どもだった当時には、恋愛至上の常套句のように感じて、実は理解していなかったかもしれない。
しかし、曲がりなりにも何がしかの経験を経て、そばにいる人が突然消えたりすることもあり得ることがわかってくると、
この願いの切実さがしみる。
それを知世さんは、15歳の頃のけなげなストレートさではなく、40歳のこまやかな情感をたたえたふくよかさで、穏やかに、静かに歌う。
相手を気遣う余裕と余韻のふくらみをもって。
そしてライブを重ねるうちに磨かれたのだろうか、その歌声に、何て言ったらいいのだろう、艶(つや)やかさを感じた。
艶(つや)。
豊かさと言ってもいい。
ああ、いいシンガーになったものだ。
そんな感慨にいつしか包まれていた。

雲・ハート


ここまで、長々と覚え書きを綴(つづ)っておきながら、
しかし、肝心かなめの知世さんの歌そのものについては、何も語っていない気がする。
歌そのものに感激したというのに。
ワインを語らなければならないソムリエが、ワインの外身の包装紙や箱について細々(こまごま)と語るようなものだ。
けれど、結局音楽というものは、そういうものなのかもしれない。
言葉ですくおうとした先からこぼれ落ち、とどめることが出来ずに消えてしまう中に、音楽(music)の、そして「music & me(her)」の真髄があったりするのだろう。
いや。
考えるまい。
Don't think。
頭で考えても無駄なことだ。
I don't think。

ライブのオープニングを飾ったあの「Cruel Park」の韻律が頭の中でループする。

I don't think。
I saw a dream。
I don't think。
I saw a dream……ムムムム……。

I saw a dream。
そう。おれはあの夜、夢を見たのだ。
彼女と彼女の仲間がつむいだ、とびきり素敵な夢を。








(この3/1追加公演のもようは、6/14(土)23:00~、BS2で放送されるそうです。
また、ライブ映像を織り込んだ番組「原田知世"Life & LIve"」も、5/31(土)18:00~、BS2で再放送されるそうです。
公演会場にあったNHK「SONGS」からの花飾りは、出演というわけではなく、知世さんがナレーションをしたつながりかもしれませんね。)


さらに知世さんの衣装について、雑誌「装苑」2008/5月号に載っていたのを付記しておきます。

★前半
スパンコールのワンピース→コム・デ・ギャルソン
シューズ→クロエ

★後半
白いワンピース→セタ・イチロウ
ネックレス→ドナテラ・ペリーニ
シューズ→マルニ

……だそうです。



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2008_05_07

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