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彼女の“自分の声が嫌い”コンプレックスについて、2、3の事柄

category: music  

声ってやつは不思議なもんです。

救急病院の看護師さんが、たとえば、急患の問い合わせを受けるとき。
その電話口で、つい声のトーンが高くなるということがあるようです。
「それで、意識は? ひとりで歩けますか? 年齢はおいくつですか?」
と、ちょっと早口になる。
そんなふうに声が高くなる看護師さんは、しかしたいてい新人の方が多いようです。
いや、緊急事態ともなれば、誰だって、声が上ずり気味となるのは当然のように思われます。ましてや、生命に関わる事態かもしれないとなれば。
ところが、ベテランになればなるほど、声が低くなる。
緊急の度合いが切迫すればするほど、逆に低くなり、落ち着いた声になる。
すると、電話をかけている側の患者の家族も、動転していた気を落ち着けて、冷静に話せるようになるんですね。
もしかしたら、看護師自身も、声を低くすることによって自分の気を落ち着けているということがあるかもしれません。
痛みに気もそぞろな患者さんの傍らに付き添うときもそうです。
「だいじょうぶですか」
と、看護師さんの語りかける声は低く、沈着で、それでいて思いやりの感じられる声。
これがもしもキンキンとかん高い声で追い立てられるように早口でしゃべりまくられたら、患者さんもいよいよ神経をとがらせ、苦痛が増してしまいかねません。

しかし営業のセールスマンの仕事となると、これがまた違ってきます。
売れるセールスマンといわれる方たちの声には、同じような特徴があるということを聞いたことがあります。
いわく、声が高め。そして、やや早口。
たとえて言うなら、TVのCMで知られるジャパネット・たかたの高田社長のような声でしょうか。
そんな声で熱いセールス・トークを聞かせられると(といっても、自然さを失わない、ほどほどの熱さ)、お客は軽い興奮状態となって、クロージング(契約)の頃にはすっかりその気になってしまいやすい。
と、いうのです。

看護師さんは、声を低めることで神経を落ち着かせる。
セールスマンは、声を高めにすることで神経を昂らせる。
職業柄だけではありません。
声の高い・低いは、いろんなことと関係するようです。

tori-01.gif

歴代“美女”選手権チャンピオンの殿堂入りのように言われるクレオパトラは、その美貌にも関わらず、愛人アントニーに背かれます。
彼は、政略とはいえ、他の女性と結婚してしまう。
その知らせを聞いたとき、クレオパトラは嫉妬にかられ、使者にまずこう尋ねます。
──その相手の女の声は、かん高い声なの? 低い声なの?
低い方だと思います。と使者が答えると、彼女はややホッと安堵して言います。
──それなら結婚したとしても、ご寵愛は長続きしないだろう。

クレオパトラの考えでは、女性の高い声には情愛がこもっていて、男性を惹き付けるもの。
逆に低い声の持ち主は、情が薄く、男性の気をひかない。
低い声の妻が相手なら、アントニーもすぐに夢から醒めるだろうというわけです。
これは、シェイクスピアの戯曲「アントニーとクレオパトラ」の1シーン。
シェイクスピアの時代の芝居は、ちょうど日本の歌舞伎のように、男性が女性を演じていたそうですから、当時クレオパトラを演じた男性役者さんはさぞかしかん高い声を張り上げていたことでしょう。
女の子は、高い黄色い声の方が男性受けする。
という法則(?)は、シェイクスピアの時代……、いえ、クレオパトラの時代からの定説だったかもしれません。

だからでしょうか、現在でも周囲を見渡せば、男子の前で高い作り声をする女子を見かけることがあります。
また、イケてる男性の前ばかりに限らず、普段から高い声の女子も多いようですね。
もちろん、それが生まれつきのもともとの声の人もいるでしょう。
が、そうでない場合もあるようです。

竹内敏晴さんが主宰するワークショップ「からだとことばのレッスン」は、参加者ひとりひとりが持つ本当の声を引き出そうというレッスン。
自然に楽に響かせることの出来る、その人本来の豊かな声を出せるようになることが目的だそうです。
というのは、普段、その人本来のものではない声を使っているケースが意外なほど多いというんですね。
そのことに本人自身も気づいていなかったりする。
レッスンによって本来の声に気づいたとき、たとえば、それまでかん高かった女性の声が実は思いのほか低いことに、周囲はもちろん、本人もビックリということがあるそうです。
男性に媚びるというより、周りの人たちに受け入れられるよう、可愛がってもらえるようにという意識が知らず知らずのうちに働いて声が高くなったりする。
それがいつのまにか自分本来の声だと信じ込んでいる例があるといいます。

雲1

また、若さの意識もありますね。
男女に差はありますが、思春期の声変わりで声は低くなる。
低い声になるということはつまり、おとなになること。
低い声は、おとなの象徴でもある。
成人になってからもなお高い声というのは、だから、一種モラトリアムのような、まだまだ若く思われたい、幼く思われたいという意識を反映することもあるかもしれません。

これとはまったく逆の場合もあります。
つとめて低い声で話そうとするケース。
たとえば、積極的にキャリアを積もうと働いている女性や、自立を目指す女性。あるいは、管理職として働く女性に、こうしたケースが多いといいます。
つまり、男性と対等、あるいはそれ以上に、この社会で一成人として認められたい、小娘などと見くびられたくない、おとなの女性に見られたいという意識が働くのでしょう。

雲・輪

70年代から80年代にかけて。女性シンガーソングライターの活躍と重なるように、自然な、むしろ低い声の女性シンガーが数多く登場したような印象がありました。
いわば“ナチュラル派”とでも言ったらいいでしょうか、“カワイコちゃん”らしい高い声ではなく、媚びない低い声。
たとえば、ジョニ・ミッチェル、カーリー・サイモン、キャロル・キング、アン・マレー、ヘレン・レディ、フィービー・スノウ、スザンヌ・ヴェガ……といった面々。
そういえば、女性の社会進出が進み、女の自立ということが、フェミニズム運動云々ではなく、ひとりひとりの人生の問題として語られ始めたのもちょうどこの頃ではないでしょうか。
もちろん直接に関係あるとは思いませんが、彼女たちの低い歌声が受け入れられヒットチャートをにぎわしたことと、そうした社会のムーブメントがまったく無縁であったようには思えません。

しかしこれが、マドンナやシンディ・ローパーあたりになってくると、媚びることが自然体であり、媚びることがエンターテイメントみたいなことになってくる。
かと言って男性に媚びて依存しようというわけではなく、その媚態を楽しむ。セクシーを楽しむ。
女性が、女性であることを楽しみ始めるようになり、その歌声も高めになった気がします。
そんな高めの歌声に、女性のリスナーも共感を示していた……ように……思うのですが、う~ん、どんなもんでしょうか。

日本では70年代、山口百恵さんが、少女にしては低い声で「馬鹿にしないでよ」と歌い、男性に媚びない自立した女性を演じていた印象があります。
まあ、その実、歌詞では、男性に従属したり、あるいは包容したりという部分が見え隠れして、その辺りがリスナーの心をくすぐっていた感もあります。
それが80年代の松田聖子さんになってくると、男性からは自立しながら、“ブリっ子”という媚態をエンターテイメントとして楽しむ。
ちょうどアメリカ音楽シーンの流れとパラレルを描くように、女性が女性であることを楽しむようになり、
そんな高めの歌声に、女性のリスナーも共感を示していた……ように……思うのですが、う~ん、どんなもんでしょうか。

まあ、アテにはなりませんね。
ただ、シンガーたちが、自分のどんな声を掘り起こし、獲得し、どんな声で歌うかというのは、重要なこと。
こいつは、確かだと思います。

huusen.gif

ところで、その昔、知世さんがタモリさんとこんな会話をしていたことがありました(1991年3月11日放送『笑っていいとも』)。

タモリ「声がいつも高いよね」
知世「いえ! そんな高くないですよ。
 だから映画とかの、初期の頃の映画って声が高いんですよ。緊張して。
 ふつうだったら、こうやってしゃべっているのに、
 『(高い声で)アノォ…』
 みたいな、自分でも驚くべき声が上がって……」

タモリ「『驚くべき』声が上がって……(笑)」
知世「声が上がりの……みたいな(笑)」
タモリ「『上がりの』みたいなこと、あったの?」
知世「うん、だからね、最近直してるんですけどね。
 緊張すると声が高くなるんですよね、不思議だなって」

タモリ「じゃ、初対面の人と挨拶するときなんか、高くなるの?」
知世「うん、そうですね。あと、ほら、たとえばコンサートなんか……」
タモリ「ああ! それでか! 最初のね、印象やなんかが、テレビで
 『(超高い声で)原田知世デス。ヨロシクオ願イシマス』……」

知世「そうですよね。別人のようですもん、自分で」
タモリ「自分で見ててもぜんぜん違うの?」
知世「何を考えていたんだろう、この時は……と、思うぐらいに。なんかね……」
タモリ「最近は、注意して声を低く……」
知世「ええ、低くというか、ふつうにしゃべれたらいいなって。
 でも、時々挨拶とかで、最初の出だしの声ってありません?
 出だしが低いと、えんえん低く……。途中から上げることが出来ないから、暗いままに終わる時とか。
 舞台挨拶で……」

タモリ「そんなことがあったの?」
知世「ええ、だから、『(低い声で)ドウモ、コンニチハ』っていう感じで始まって、だんだん、だんだん、低くなっちゃって。
 上げなきゃ,上げなきゃって思うんだけど、きっかけがなくて、そのまま終わっちゃって。
 最初のキーのまま、みたいな……(笑)」

タモリ「(笑)そう。じゃ、最初から高いと、ずうっと下げるきっかけを失っちゃうわけ?」
知世「そうですね」
タモリ「じゃ、両極端じゃない、舞台挨拶」
知世「そうですね。だからね、性格が違うのかなという感じで……」
タモリ「『(低い声でボソボソと)コンニチハ、原田知世デス』というのと、
 『(高い声でキンキンと)コンニチハ!』というのと、両方あるの?」

知世「いえ、それはないですけどね。『(高い声でキンキンと)ドウモー』なんて」
タモリ「簡単に否定されてしまいました(笑)」

──まあ、何てことのないおしゃべりなのですが、
知世さんの当時が垣間見えるような気がしないでもありません。
この当時、知世さん、23歳。
緊張しながらマイクの前に立っていたデビューの頃から9年余り。
「緊張すると声が高くなる」説はその通りだと思いますが、もともとの知世さんの声が高めで、
また、変声期を過ぎていたとはいえ、少女期特有の声の高さもあったと思います。
ヒットした「時をかける少女」という曲では、キーを高音の声域ギリギリに設定することで、
少女らしさ、けなげさが効果的に表現されていました。
が、そんな自分を振り返り、ホントの自分の声は違うと感じている。
そしてこの時、「少女」のイメージを脱皮して、ひとりの女性としてホントの自分の声で話そうとしている姿が見られます。
ただ声を低くするというよりも、自分のふつうの声で話したいという。
そうして、低い声で話し始めたものの、最後まで低いままで終わった舞台挨拶を振り返り、
暗く思われなかったかとも心配している。
そんな心の揺れ動きが、何てことのないおしゃべりゆえに、よく表われている気がします。

それは、「少女」というパブリック・イメージから脱して、等身大の自分を表現したいと悩んでいた当時の音楽活動とも無関係ではないでしょう。
タモリさんとのトークの際にも紹介していたアルバム「彩(さい)」(1991年5月リリース)は、その紹介通り
「低い声で歌っていて、わりと落ち着いた感じのアルバム」
でした。
内省的・文学的なシンガーソングライター、スザンヌ・ヴェガのカバーに挑戦しているのもそうですが、
全体的にアダルトな雰囲気。
おとなの女性へのステップアップ志向が感じられます。
それには、「低い声」のキーで歌うことが求められた。
知世さん自身の欲求もあったのでしょう。

雲・ハート

それから1年後。
鈴木慶一さんとの出会いにより、アルバム「Garden」(1992年)をリリース。
この作品によって、自分自身の音楽表現への道すじが拓かれたと言っていいでしょう。
そうして慶一さんと取り組んだ2作目「カコ」(1994年)で、知世さんは改めて自分の声と向き合います。
このカバー・アルバムでは、英語、フランス語、イタリア語の原曲をそれぞれの原語で歌ったわけですが、
そうすることで、自分の個性としての“声”を改めて意識したといいます。
次の「Egg Shell」(1995年)では本格的にサウンド作りに参加。そうした指向がこの頃にもあったのでしょう、音作りの観点から、素材としての自分の声を意識したとも思われます。

そしてちょうどこの頃からでしょうか、自分の「キンキンとした高い声」がいやだったと、後のインタビューで語っています。
たとえば、
過去の「少女」イメージから脱却したい、
依存することのない自立した女性として成長したい、
緊張に悩まされずに自然体で歌いたい、
等身大の自分のありのままを表現したい……などなど、
「心的複合体」とも訳される「コンプレックス」の字義通り、こうした意識が複合してからまった結果、“自分の高い声が嫌い”コンプレックスになったのでしょうか?
──いえいえ、おそらく、この時点ではもう、脱「少女」のための“低い声”指向やなんかからは、とっくに卒業していたと思われます。
にもかかわらず、以降の知世さんの音楽活動の中で、こうしたコンプレックスはずっとついて回ることになったようです。

雲2

以前、慶一さんが、
「 自分の声が嫌いだからね、あの人は。」
と、ジョン・レノンについて触れていたことがあります(「月光庵閑話」~「ほぼ日刊イトイ新聞」)。
おれたちから見れば、ジョン・レノンの声は、語っても、歌っても、カッコいい。
熱さと脆さとクールさがあって、親しみやすく人間っぽい。パンチも効いてます。
ところが、彼自身は自分の声がイヤだったというんですね。
それで、いろいろ加工したりと工夫して、ラジオ・ヴォイスのような声を作ったりもしたんだそうです。

オードリー・ヘプバーンが、自分の容姿にコンプレックスを持っていた。
と、言われても、これはとても信じる気になりません。
“永遠の妖精”と謳われ、そのエレガントな美貌で、没後の今もなお世界を魅了し続けてやまない彼女が、です。
その彼女が、自分の容貌を嫌っていた。
いわく、鼻のかたちが悪い。鼻の穴が大きい。
歯並びが悪い。
目が吊り上がっている。
エラが張った四角い顔の輪郭。まるで男の子みたい。
そして、プロポーションは、胸がなく、「ゴツゴツのアスパラガス」のよう……。
と、言っていたんだそうです。
「そんなことないじゃん!」と思わずツッコミたくなりますが、本人は気にしてたんですね。
もっとも、当時は、エリザベス・テーラーなんかの整った顔立ちや、マリリン・モンローなんかの豊満なプロポーションがもてはやされて主流だったから、彼女は異質だったという説もあります。
それで、
「ヘンな顔(=funny face:これは、映画「パリの二人」の原題でもありましたね)」
なんて言われ方もした。
けれど、funnyなほどに個性的。
彼女は自分の欠点を欠点として受け容れ、むしろ隠しませんでした。
そして、どう見せるか、髪型やファッションに気を配ったといいます。
結果、「吊り上がっ」た目は大きな瞳として、「エラが張った四角い顔」は長い首と相まって、funnyな個性は逆に魅力となりました。
ただのお人形さんのような美人なだけだったら、人々の心にこれほどの足跡を残すことはなかったでしょう。

野球のバッターが得意とするコースと、苦手とするコースは紙一重、ということを聞いたことがあります。
得意なコースと、苦手なコースはまったくかけ離れているわけではない。
たとえば低めのインコースが得意だとしたら、苦手なのは、そこから球ひとつかふたつくらい裏に入ったところだというのです。
長所と短所というのは、案外、近いところにあるものなのかもしれません。

コンプレックスという言葉は、「劣等感」とか「劣等意識」という意味でも使われます。
人より劣っているところや、欠けているところ。
が、だからこそ、どうしても気になって仕方がないところ。
自分で努力をしようと思うところ。
もしも、自分の中でどうでもいいやと思っているところであれば、他人より相当に劣っていたとしても、まあ、気にしません。
「劣等」な事実でも、「意識」しなければ気にならない。

おれは、身長162センチ。体重86キロ。
メタボ街道まっしぐらで体重増量中。
(「ブレンディ」の“増量中”は大歓迎ですが、体重の“増量中”はあまりうれしくありませんね。けれど、世は「食欲の秋」なもんで、つい増量中になってしまうのです。)
この体型は、成人男子の平均からしても、また、美的にも健康的にも劣っているでしょう。
本来ならば劣等感を感じなければいけないところです。
が、本人自身はこれまで、のほほ~んと生きてきて、体型に劣等感を感じたことはそれほどありません。

ところが、これがもし、一発奮起してモデルに転職して「メンズ・ノンノ」か何かに載ってやろうなどと野望を語り出したとすれば、劣等感は針のムシロとなるでしょう。
また、もしも一発奮起してバスケットのプレイヤーに転職して、“桜木花道”を目指したとしても劣等感は必至です。
田臥勇太さん(現・リンク栃木ブレックス)は、おれより11センチも身長が上だというのに、バスケ選手としては致命的に背が低く、身長のコンプレックスを抱かざるを得ませんでした。
が、それがバネにもなったのでしょう、身長という欠点をカバーして余りあるスピードとセンスで、日本人初のNBAプレイヤーという快挙を成し遂げる。
逆に言えば、生まれつき高身長に恵まれ、コンプレックスも何もなかったとしたら、技を磨こうと努力することなく、もしかしたら世界が認めるプレイヤーにはならなかったかもしれません。
ジョン・レノンにしろ、オードリー・ヘプバーンにしろ、もしも彼らにコンプレックスがなければ、
彼らの卓抜な仕事はあり得なかったかもしれません。

劣っている、欠落しているから、意識する。
逆に、意識するから、ちょっとのキズも気になって、針小棒大に感じてしまう。
他人にすればどうでもいいように思われる欠落部分が気になってしょうがない。
そこが自分のプライドをかけたところだったり、勝負したいところだったり、また、理想に近づきたいと思うようなところであればなおさらでしょう。

huusen-g.gif

アルバム「カコ」以降、知世さんのコンプレックスは、その質を変えていったように思われます。
「カコ」では、曲のアレンジにに合わせてのことですが、声にリヴァーブをかけたりと、ヴォーカルを加工するようなことを行っています。
が、「カコ」でも、またそれ以降でも、キーが高い曲を歌わなかったわけではありません。
たとえば「夜にはつぐみの口の中で」(アルバム「Egg Shell」所収)などは、高音域の声を生かした曲。
こうした高い声の曲も少なくないんですね。

その後、スウェーデンのプロデューサー、トーレ・ヨハンソンさんと出会い、彼のタンバリン・スタジオを訪れて声を出した時のこと。
その時の印象を、後にこう語っています。

「もともと自分の声が細いのにコンプレックスがあって、もっとフワッと太った声がいいなあとずっと思ってたんですけど、あそこのスタジオで声を出したときに、とってもそういうふうに聞こえたんですよね」(FMラジオ「Sound Museum」NHK・FM/2008年1月26日放送。書き起こしはコチラ。)

ここでは、コンプレックスを感じていたのは、自分の「キンキンとした高い声」でなく、「細い」声であると、表現が変わっています。
が、もともと知世さんの意識の中にあったイメージは、こちらの方が近いのかもしれませんね。
残念ながらおれの耳はいいとは言えず、タンバリン・スタジオでの録音とそれ以外での録音の違いが正直よくわかりません。
タンバリン録音はクリアさに欠ける分、丸みがあるような気は、なんとなくはするのですが……。

ただ、ちなみに、トーレ・プロデュースの一連の作品では、知世さんの低音の部分が効果的に生かされていたと思います。
「Navy Blue」「Blue Moon」など、低音域を主にした曲もありました。
「ロマンス」では、主旋律に知世さん自身のコーラス(たぶん)が重ねられていますが、通常、上にいきそうなところを、下(低音)へ重ねられている(「LOVE」のサビもそうでしたね)。
おれは音楽的な知識に欠けているのでよくわからないのですが、1オクターブ下くらいの低さにも感じられます。
それが、明るく弾けたポップスに、コクと厚みを感じさせ、低音の「風が吹いてる♪」の一節に感じられるような一種の哀愁感を隠し味的に演出していると思います。

けれど、知世さんが意識しているのは「高いー低い」というより、「細いー太い」というニュアンス。
このあたりの感覚は、たとえば、近年、お気に入りとしてよく聴いているというヴォーカリストのラインナップからもうかがい知れる気がします。
去年2007年の時点では、ノラ・ジョーンズ(彼女は昔からのお気に入りで、来日の際には楽屋を訪ねたそうですね)、ファイスト、エイミー・マン……。
彼女たちの声は高めですが、高いだけでなく、太さを感じさせる。
太さはないかもしれませんが、自然な息づかいを感じさせるシモーネ・ホワイトあたりも、どこか似たところがあります。
また、カーラ・ブルーニ(彼女は今、仏のサルコジ大統領夫人としてお忙しいようですね)の声は高くはありませんが、そのハスキーさに太さが感じられる。
──つまり、ガラスやプラスティックのように細くきれいな声で上っ面(つら)をスラスラと流れてしまうのではなく、
高音であっても、どこかひっかかりがある。陶器のように手触り感がある。
そうした声の太さ、厚み、深み──声の存在感という点では、お気に入りのヴォーカリストたちは共通しています。
それは、ヴォーカリスト原田知世が意識している自分の声の理想のあり方と無縁ではないと思われます。

雲・輪

アルバム「Music & Me」(2007年)で、高木正勝さんが「Aie」を制作中、
別録りした知世さんのヴォーカルを低音で加工したところ、知世さんは乗り気だったものの、
プロデューサー伊藤ゴローさんの却下でそのテイクはお蔵入りしたといいます。
きっとプロデューサーの判断は正しかった。
が、知世さんにすれば、そのテイクは魅力的だったのでしょう。
知世さんの中に、今も声のコンプレックスが居座り続けている。

知世さん、デビュー26年目。
その音楽活動は、振り返ってみると、自分の「声」を求め、育てる歴史でもあったように思います。
緊張のあまりマイクの前で震えて上ずっていた声から、ヴォイストレーニングを重ねて、聴かせる声へ。
そんな少女期の高い声から、脱「少女」を目指し、自分本来の声を取り戻そうと試行錯誤する。
そして自分の音楽を育てていく中で、改めて自分の声と向き合い、理想とする声を求めていく。
その道すじで、コンプレックスもかたちを変え、質を変え、育っていったのでしょう。
その声の進化は、「時をかける少女」1983年ヴァージョンと、2007年ヴァージョン(アルバム「Music & Me」所収)を聴き比べるとよくわかります。

文筆で暮らしを立てていくことを「筆耕」といいますが、これはもともと、筆で硯の田んぼを耕すという意味なんだそうですね。
が、これは書くことで、自分の心を耕す──そんな意味があるような気がしてなりません。
同じように、声というのも耕すものではないでしょうか。
自分を耕し、掘り起こすことで、声も変わる。深化する。
太さや厚み、深みを感じさせる声。そんなような理想がある限り、これからもコンプレックスは知世さんの中に居座り続けていくのではないかと思います。
それで迷い、ジタバタする。悩み、試行錯誤する。
けれど、そのことがつまり、声を耕していくということなのかもしれません。


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