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「プリンス&プリンセス」~七色の声、一色の声

category: movie  

「プリンス&プリンセス」DVDのコメンタリーで、松尾貴史さんが知世さんの声優ぶりを評して「業師(わざし)」と呼んでいるのですが、これはちょっとリップサービスが入っているような気がしないでもありません。
というのも、松尾貴史さんこそ「業師」と呼ぶのにふさわしく思えるからです。
よく“七色の声”といいますが、まさにその通り。
メインである王子様(プリンス)の声から、意地悪な先輩兵士、群衆のひとり、小太りのおばさん、粗野な泥棒などなど、巧みに声を使い分けていて、これは松尾貴史さんの声だと言われなければ見分けがつかないくらいです。
さすが、ものまね名人。声の使い手です。
自分では謙遜していましたが、つややかで落ち着きが感じられる美声は、ハンサム・キャラ路線──二の線もイケるんじゃないでしょうか。
それに比べると知世さんは、巧みに使い分けてはいますが、七色の声ではなく一色。
気位の高い女王も、個性的な魔女も、老婆も、ナメクジも、ノミも、みんな、金太郎あめのように、どこを切っても知世さんの声であることがわかります。(ただし、クジラになった知世さんの声は見分けにくいですね。)
もっとも、これは、これらの役がすべてひとりの女の子が扮するという設定であるからです。
だから、松尾貴史さんもひとりの男の子が扮する役は一色で演じています。
が、しかし、そうした設定だからというわけだけでなく、こうした演じ方は、このアニメにふさわしいように思います。
そして、松尾貴史さんがコメントで、自分で抑制するように心がけたと語っているそのこととも関係するんではないかと思うのでした。

幼い子どもたちに、絵本の読み聞かせや素話しで物語を聞かせる場合、なるべく声色を変えないように求められます。
キャラクターによって器用に声色を変えて話すお母さんが時々いるのですが、子どもが小さいとビックリしちゃうんですね。
ある程度成長してくると、その遊びの面白さがわかってくると思いますが。
内容がまだ理解できない年齢(月齢)の子どもでもお話しに聞き入ります。
そんな幼い子どもたちが欲しているのは、まずなにより、語り手の声に触れること。
物語の内容よりも、語って聞かせてくれるお母さんや家族といった身近な人といっしょに過ごす時間を求める。そして、語ってもらうその声を聴くことが気持ちいい。
だから、どんな登場人物の台詞も、声色を変えずにお母さん自身の声で語ってもらう方がいいわけです。
昔話のストーリーテリングでは、年齢の高い子どもたちやおとなに聞かせる場合でも、そうした語り手の声を大切にします。
ルース・ソーヤーやE・コルウェルなどの著作によると、ストーリーテラーには、ヴォイス・トレーニングの訓練が求められるようですね。
呼吸法を自分のものにして、自分本来の声を改めて発見したとき、聞き苦しくない、自然な通る声で物語ることが出来るのだといいます。
声色を変える不自然さは、そうした声で語られる自然体な心地よさを崩してしまうことになるでしょう。
日本の素朴な昔語りでも、声色を無理に変えようとすることはありませんね。
そして実は、一般的な語りものや話芸でも、声色を変えることが奨励されるということはあまり多くないようです。

たとえば落語の場合も、声色を違えることを嫌います。
落語では、ひとつの噺しに三十人の登場人物が出てきたりする。それをすべて声色を変えて演じ分けるのは至難の技。
が、腹の中でその人物になりきって声を出せば、ひとつの声ですべて演じ分けることができる。
──と、たしか故・五代目柳家小さん師匠が語っておられたかと思います。
そしてその通り、落語ではひとつの声のテンポや高低、微妙なニュアンスによって、多彩な個性の人物たちがいきいきと演じ分けられます。
七十のおじいさんが、艶っぽい粋な花魁(おいらん)をそのままのしわがれた声で演じながら、「こりゃ色っぽいねえ、どうも」と思わず感心させられてしまうのも、「腹」で演じる芸というものなのでしょう。

人形浄瑠璃、文楽で語られる義太夫も、声色を変えるのを嫌います。
浄瑠璃の人形は、セサミストリートのジム・ヘンソンのマペットのように唇がパクパク動くわけではありません。しかし、どの人形がどの台詞をしゃべっているのか、観客にはっきりとわからせなければなりません。
そこをあえて声色を変えずに演じ分けるのが芸であるというのです。
が、地方で行われている人形浄瑠璃の中には、声色を変えて演じ分けられるところもあるようです。
たとえば男性が女性の声を語る場合、裏声を使ったり。
まあ、声色は変えないとしても、浄瑠璃では、時に絶叫し、時に嗚咽し、時にせつせつとかき口説いたりと、声は思い切り誇張されます。
その大袈裟かげんが、“つくりもの”である人形には合ってるんですね。

それは、“つくりもの”であるアニメにも一脈通じるものがあるのではないかと思います。
いわゆる「アニメ声」と呼ばれる女性の声は、可愛らしさや幼さを強調した一種独特な声です。
あるいは、いかにも悪者らしいダミ声や、個性的な声も、アニメ声と呼んでいいのではないでしょうか。
つまり、デフォルメ。
(その点、知世さんはアニメを演じるときでも、その自然さは変わらないですね。
だから、たとえば「おジャ魔女どれみ」出演のときも、他のいわゆる「アニメ声」の声優さんたちの中では浮いている感じでした。
が、それが彼女の個性であると思います。また、それが新鮮でもありました。)
そうしたデフォルメが成り立つ世界では、声色を変えてもおかしくない、思い切り声色を変えて誇張して演じても不自然ではないと思います。
アニメでは、声優が二役以上を演じる場合、一般的には声色が変えられるようです。
二人のキャラクターが同じ声をしゃべっていては混乱しやすいということもあると思います。
(いや、しかし、「ドラゴンボールZ」の孫悟空、孫悟飯、孫悟天のように親・子・孫の場合だと、野沢雅子さんはあえて声色を変えずに、年齢の違いだけで演じ分けていましたね。すごい。)

「あらしのよるに」(アニメ映画の元になったNHK教育番組「テレビ絵本」のシリーズのもの)の中村獅童さんも、声色を変えています。
「テレビ絵本」は、ふつうのアニメと違い、絵本風に静止画が多用され、語り聞かせるスタイル。
ここで語り手はやっぱり、ナレーションと各登場人物の台詞をそれぞれ声色を変えて演じるやり方と、声色を変えないで演じるやり方に分かれるようです。
だいたい後者のタイプが多いようですが、中村獅童さんは前者。
おおかみのガブとやぎのメイを巧みに声色を変えて語っていて、感心させられました。

一方、後者の声色を変えずに演じるアニメといえば、TBS系「まんが日本昔ばなし」
このタイプは、一般的なスタイルのアニメの中では珍しいでしょう。
市川悦子さん常田富士男さんの二人が演じる人物は実に多彩で、長いシリーズの中ではそれこそ何千人と演じて来られたのではないでしょうか。
しかし、基本的に声色は変わっていません。
市川さんが男性になっても、常田さんが女性になっても、声色は変わることなく、それでいて各キャラクターの雰囲気と性格が声から醸し出される。
どの台詞を誰がしゃべっているのか、いっぺんでわかります。
これはアニメといっても昔話で、その昔語りの味わいが十二分に生かされていると思います。

この2つのやり方の中間あたりに位置するのが、竹中直人さんのCX系「ポストマン・パット」(「ポンキッキーズ」の番組の枠で放映)かもしれません。
この人形アニメで竹中直人さんは、ナレーション、主人公パットの他に、郵便屋である彼が出会うおばあさんやおじさん、子どもといった様々な人物を演じ分けています。
裏声を使ったり、声色を変えてはいるのですが、しかし、どの役も竹中直人さんの声であることがわかりやすい。
エキサイティングな起伏の少ない淡々としたストーリーで、竹中さんの繊細で自然な語りが淡々と伝わってくるようでした。
ここにも昔語りの味わいの断片が見え隠れするような気がします。

シルエットを使った昔話ストーリーの王道をいく「プリンス&プリンセス」も、やはり昔語りの味わいを必要とするアニメでしょう。
ミッシェル・オスロ監督は、デンマークのオーデンセでアトリエ教室の教師をしていたとき、子どもたちとの共同作業を通して、シルエットのアニメを思いついたといいます。
子どもたちがオスロ先生のサポートを得て、自分らで作品を作っていくという作業にシルエットはぴったりだったのでしょう。
この映画の物語も、ちょうどそんなふうに語られます。
男の子と女の子がお客のいない夜の映画館で、映写技師のサポートを得ながら、イマジネーションを広げ、資料を調べ、自分たちで主人公に扮する。
そんな子どもたちの手作り物語は、そのまま、観客である子どもたちを誘います。──ほら、想像を広げて、君も物語を作ってみない?
実は、昔話の聞き手である子どもたちも、語り手からそんなふうに呼びかけられているのではないかと思うのです。
「昔々、あるところに男の子がおってな……」
という語り手の言葉を素材にして、頭に男の子の顔を想像する。
「その男の子ときたら、年がら年中、寝てばかりおってな……」
という言葉を素材にして、そうして、頭の中に舞台をつくり、人物を動かし、心の中に物語を織りついで行く──。
そうした昔語りに必要なのは、演技ではなく、文字通りの“語り”です。
奇抜なデフォルメも楽しいのですが、それよりも、聞き手のイマジネーションに寄り添いながら導いてくれる語り、耳から身体へしみ込ませてくれるシンプルな声が求められるのではないでしょうか。

松尾貴史さんの技からすれば、もっとはじけた声、もっとギャグっぽい声もあれこれできたでしょう。
が、そうすることなく、抑えながら演じた。
それには、エスプリのきいたこのアニメの雰囲気、そして昔話に題材をとったこの物語の語り口ということがあるのではないでしょうか。
おそらく知世さんも抑制をきかせていたかと思います。
オリジナルの声を担当したフランスの俳優陣にもやはりそうした傾向がたどれますね。

それにしても、松尾貴史さんの声も穂積隆信さんの声も、オリジナルの声によく似ています。
知世さんの声も、Arlette Mirapeu(アルレット・ミラプ)さんの声の雰囲気に似通っているところがあると思います。
ミラプさんもやはり、多少声色を変えてはいますが、基本的には一色の声で演じています。
ただ、その変化の度合いは、知世さんと異なります。
特に、「魔女」のエピソードでは、ミラプさんはやや声をかすれさせ、少女の面影を残しつつ、しかしいかにも髪がボサボサな魔女らしさを感じさせる声です。
対して知世さんはそれほどには声を変えていません。
これは、ヒロインは人々から魔女と怖れられていても、実はただ独創的な発明家であり、個性的な女の子なだけである──という解釈を、知世さんが強調して演じているためであるようにも思えるのですが、どうでしょうか。

さてしかし、よく聞くと、知世さんの声は一色であるけれども、その中に多様なグラデーションがあってうまく使い分けられていることがわかります。
「業師(わざし)」と言えるかどうかはわかりませんが、知世さんは意外に技巧派だと思います。
ちなみに、音楽の分野でも、知世さんは声を使い分けていますね。
「午前10時の誘惑」(アルバム「彩」所収)では、実験的といえるほど大胆に声と歌い方を変えています。が、これは例外的。
一般的な曲では、声色は変えてはいないのですが、しかし、微妙に声の色合いを違えています。
単にキーの上げ下げではありません。
落ち着いた感じ、ボーイソプラノ風、哀しく切なげ……などなど、それはパッと聞いてすぐにわかる違いではなく、じっくり聴いているうちにわかってくる微妙な声の表情。
同じアルバムの中でも、そんないろいろな声の表情を味わうことができます。
そして、たとえば、ナレーションの分野でも、声が使い分けられています。
それが、わかりやすく、また効果的にあらわれていたと思われる例が、「世界遺産~アジアが発熱する・もう一つの世界遺産~」(TBS系・2004年10月24日放送)のナレーションでした。
(「無形文化遺産スペシャル」として3週にわたり、それぞれ永作博美さん、中嶋朋子さん、知世さんがナレーションを担当して放送された番組。)
その声をどう説明したらいいでしょう──静かで、それでいて熱っぽさを秘めた、穏やかであり厳(おごそ)かであり、慈しみに満ちたような。
そんな声の色合いが、日本の能や、あのインドネシア・バリの影絵人形劇「ワヤン」といった、アジア各地の伝統的な舞踊や儀式、芸能をたどる番組の内容にぴったりでした。
声の色合いを使い分ける技巧が、意識的なのか、無意識的なのかはわかりません。
しかしそれは、「技巧」というより、「表現」であったのでしょう。
「技巧」と「表現」がイコールで結ばれていた。

様々な声色を変えて演じる「七色の声」は、その巧みな技、器用さが聞く者の耳をそばだたせ、感心させます。
が、その場のそれだけで終わってはならないのでしょう。
技巧で感心させるだけでなく、その先の、何を語るのか、何を伝えるのか、が求められる。
だから、伝統的な語りや話芸は、「七色の声」を禁じる場合が多いのだと思います。
知世さんは、「一色の声」。
しかし透明なガラスのかけらが微妙な何色もの色合いを見せるように、それは、何を語るのか、何を伝えるのかの表現によって変化します。
「プリンス&プリンセス」では、昔語りの味わいを通して、そんな「一色の声」の七つの輝きの一端を楽しめるのではないかと、そんなふうに思うのでした。


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2006_06_17

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