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それでもやっぱり “天国にいちばん近い”島

category: movie  

しかし、ショックでした。

2002年5月6日。
一人旅でニューカレドニア、イル・デ・パン島を訪れていた邦人女性の遺体が岩場で発見。

当初、遺体の一部が焼かれ、傍らに石が並べられていたり、
また、住民たちの間で、そこが“禁忌の場所”として立ち入り禁止のようにされていたことから、
宗教的な儀式に関わる事件かと取り沙汰されました。
が、その後、二人の兄弟が逮捕。
事件は、宗教的な関わりはなく、
麻薬常習者であり、観光客とトラブルを起こした前科もある兄弟たちの思いこみ。
彼らが一方的に聖地と主張していた場所へ、たまたま被害者が入り込んだために殴打され、
殺されたという地元警察の見解に落ち着いたようです。
いたましい事件でした。

これは、治安もよく、今まで事件らしい事件のなかった土地で起きた、
例外的な事件といえるのでしょう。
しかし、「天国に近い島」ニューカレドニアも、現実にはいろいろあるんですね。
フランスからの独立問題。それに絡んだ援助、経済問題。
メラネシアンとしてのアイデンティティ。
白人種との摩擦。
“観光”として入り込んでくる現代文明と、自然と共生してきた伝統文化との摩擦……。
特殊といえる犯罪も、それを生んだ大きな背景には、
もしかしたら、こうした軋みがあるのかも。と思わせられます。

イル・デ・パンって、映画「天国にいちばん近い島」で、
主人公桂木万里に扮する知世さんが、峰岸徹さんやジル君と登った山がある島。
ツアーから離れ、一人で島々を回った万里も、
現実には、こうした犯罪に巻き込まれるリスクがあったということですよね。

森村桂原作の「天国にいちばん近い島(1965年)」では、
約40年前当時、森村さんがニューカレドニアを旅して出会った現実のいろいろが描かれています。
不信、孤独、病気……。
それでも森村さんがこの島を“天国に近い”と感じたのは、人のやさしさにふれたからでした。
たとえばW氏は、 経済的に余裕のない中、知り合った旅人にすぎない森村さんのために、
手術・入院費用を工面したりします。
その高潔な行動は感動的でさえある。

けれど、その後の「続・天国にいちばん近い島(1984年)」では、
マスコミの影響やら誤解やらで、W氏のそのピュアな情さえ裏切る結果となったエピソードも、
一つの現実として描かれています。

雲・輪

映画の「天国にいちばん近い島」は、
原作にあるような“現実の厳しさ”が欠けているという評を目にしたことがあります。
もちろん、海を渡るにも苦労した原作の時代と、
飛行機でひょこっとツアーを楽しむ映画制作当時では約20年の差があり、苦労のしかたも違います。
……にしても、現実感がない。

(それは、時折、会話にはさまれる、非日常的な、
ちょっとクサい台詞なんかも影響しているでしょうか。
……もっとも、大林監督は、そのあたりも計算していて、そのためにすべてアフレコ。
英語のようにまくしたてる台詞にして、不自然さを感じさせないようにしたのだとか。
ただ、その計算が成功したか否かは、観た人の感じ方で違ってくるんでしょうね。
一方で、大林監督は、成長する知世さんの現実を描く“ドキュメンタリー”を意識して、
ワイドレンズを使わない、なんてこともやってるそうです。)

が、しかし、あの映画って、もともと大林流の“うそ”。
ファンタジーだと思うんですよね。
だから、非現実的。
“ドキュメンタリー”っぽく、現実を映しつつ、非現実的。

うーん。まあ、でも、非現実的なファンタジーなんていうのは、しょせん夢まぼろし。
つくりごとにすぎなかったりするのかもしれません。
現実には役に立たない。
ファンタジーがお米を作るわけでもないし、病人の世話をすることも、もちろんない。
ファンタは、のどを潤しますが、ファンタジーでお腹はふくれない。
けど。
人ってそれぞれ“ファンタジー(物語)”を抱えて生きてるんかもしれんよなあとも思うのです。
それが“人生って悪くないかもしんない”と思わせてくれたりする。
人生の視点を変えるきっかけになったり、あるいは、支えてくれたりもする。

父親から「天国にいちばん近い島」の“物語 ”を手渡された森村桂さんが、
冒険の末に自らの“物語”を作ったように、それは大林監督に手渡され、新たな“物語”が作られた。
若かったあの頃、おれたち観客は、その“物語(ファンタジー)”を知世さんとともに共有したような、
そんな気がしてるんですが。

でも、大林流のファンタジーは、改めて見てみると、いろんな現実を描いてもいるんですね。
戦争で夫を失った老婦人(乙羽信子さん)は、戦争の傷ましさと、ひとつの愛のかたちを見せてくれる。
ツアー客の一人、姉妹の少女たちの父親(室田日出男さん)もまた、亡き妻への鎮魂の旅を旅しているらしい。
(お二人とも今はご存命でないのが残念です。
ことに2002年6月17日に亡くなられた室田さんは60歳そこそこで、
これから、一味も二味も違う熟年の味を見せてくれようとしているところでした。)

乙羽信子さんは、船の上で言います。

「……愛って、結局は自分のための物語なのねえ」。

この台詞は、ただここに書き出しただけでは、思わず照れちゃうようなシロモノですが、
これを乙羽信子さんが言うと、生きた厚みのある言葉になるのが不思議です。

そう、この映画は、愛というそれぞれの“物語”を重層的に描こうとした
ファンタジーのもくろみだったりするのかもしれません。

雲2

ところで、このファンタジーを作る現実の作業、映画撮影というイベントは、
いろんな出会いをよんだそうです。

スタイリストが知世さんの頭に花を飾ろうとしたら、大勢の人が花を摘んで渡してくれたり。
酋長の息子さんの奥さんが、プロデューサーにマフラーを編んでプレゼントしてくれたり。
撮影中、警備についててくれたおまわりさんが、別れることになったとき、
記念に制服のポリスバッジをひきちぎって、スタッフにくれたりしたのだとか。
そうした様子の空気は、フィルムの中にも確かに刻まれているような気がします。

主人公の万里がエイのとげに刺されたとき、村の人が助けて看護してくれるストーリー。
それはそのまま、ロケ最終日の送別会で、
椰子の葉のバッグを知世さんにプレゼントしてくれた現地の人のシンプルなまごころと重なったりします。

約40年前に森村さんを救ったニューカレドニアの人々の親切は、
それから20年後の知世さんやスタッフたちをも扶け、励ましていたのでした。

それは、映画の上映からさらに20年たった今も変わらないのかもしれません。
森村桂さんは、1996年、「天国にいちばん近い島よ永遠に」で、
観光地化され、変貌したニューカレドニアを訪れていますが、
それでも人のやさしさは変わらなかったと記しています。

今回の殺人事件で、被害者の家族が現地を訪れたとき、
村中の人が集まり、葬儀の儀式をとり行ったといいます。
そこにはやはり、不幸な死を遺族とともに悼み、哀しみを分かち合おうとした
ニューカレドニアの人々のまごころがあったような気がします。
そのニュースを聞いたとき、森村さんや映画のいろいろなエピソードを思い出したのでした。

雲・ハート

島の現実も考えずに、イメージだけ勝手に押しつけて、
ピュアなままでいてほしい、事件などと関わりのない楽園であってほしい、とただ願うのは、
そりゃあ、おれたちのエゴイズムってもんでしょう。
ただの通りすがりの観光客のような軽さと無責任。

けれど、今は大きくなっただろうジル君をはじめ、ニューカレドニアの人たちや子どもたちに、
今も健やかに暮らしててもらいたいよなあと祈りたい気が、とてもするのでした。


huusen.gif






そうそう。

もっとも、ニューカレドニアじゃなくったって、どこだって、
人にやさしくするところ、人を愛するところ、そこが“天国に近い”場所。
映画のラストで万里もそのことに気づいたんですよね。
森村さんも、だから、今、彼女が住んでいる軽井沢の丘が
“天国にいちばん近い”場所なのだそうです。

まあ、今、自分が住んでる日本の片隅のほこりっぽい路地のそのへんあたりだって、
ホントは天国により近い場所に変えることができるのかもしれない。
結局、今いるところを砂漠にするのも、“天国にいちばん近い”場所にするのも、
自分次第ということなんでしょうか。

いやあ、でも、生活に追われてたりなんかしてると、そんなことも、ファンタジーさえも、
いつの間にか忘れちゃったりするんですよねえ。

あーあ。
今ごろはどこへ行っちゃったんでしょうか、“自分だけの神様”は。



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2015_11_23

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