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「シンシア」──絵の具は、どうして“淡い”絵の具なのか? 

category: music  

……インタビューを読んでたら、知世さんがこう答えていたのでした。

「(自作の詞について訊かれて)ほとんどの曲に共通しているのは、
『穏やかなポジティブ』。……」

(「婦人画報」2002、9月号より)

そうそう。
「穏やかなポジティブ」。
なんですよね。
みんなで、こぶし振り上げて「どりゃあーっ」というポジティブじゃない。
感情のまま、「突っ走るぜェ、ベイベッ!」というポジティブでも、たぶんない。
「ゆるやかな」ポジティブ。

知世さんは「シンシア」で、こう歌います。

「あなたと淡い絵の具で色をかさねて
 いつか ふたり未来を描きたいから」

(「シンシア」作詞・原田知世)

未来を描くのに色を重ねていくという表現は、いかにも知世さんらしいのですが、
なぜ、ただの絵の具ではなく、“淡い”絵の具なのだろうか? 
と、ずっと気になってました。
なぜ未来を“淡い”絵の具で描くのだろう?
 
それが、2001年のインタビュー(「J-ポップ・追いかけネット『徹底的に追いかけろ!』)
を読んだとき、ちょぴりわかったような気がしたのでした。

それによると、アミダくじ。
アミダくじそのものじゃないんですが、アミダくじのような道で、
右か左か、道を選んで一歩一歩進むように、一日一日の中で、小さな選択を重ねていく。
そうした小さな決断を積み重ねていく中に、方向性が見えて、未来が見えてくるというのです。

そう、ちょうど、

「Yes?  No? 選ぶたび 道は曲がりくねって
 望んだ未来へ続く 足跡つけながら」

(「You Can Jump Into The Fire」作詞・原田知世)

と、いうように。

それは、あせって突っ走ったり、無理やり五歩も十歩も飛び越えようとしたり、
という進み方ではない行き方。
かと言って、後ろへ逃げたり、安易に立ち止まるわけではない。

そう、それは、アルバム「a day of my life」で、知世さんが示したテーマなのでした。
長い長い人生の中の一日。長い道のりの中の一歩。
それは、ほんの一歩だけれど、人生そのもの。だからこそ、その一歩を大事に、前向きに歩こう。
あせることなく。
自然に。

つまり、“淡い”絵の具の一筆、一筆ということなのでしょう。
強烈に濃い絵の具で、コントラストをねらうのではなく。
激情にまかせて、絵の具をぶちまけるのではなく。
けれど、たぶん絵の具に、汗も混じったその筆で描かれた絵は、
必ずしも、薄っぺらに“淡い”絵ではないのだと思います。

マリー・ローランサンのように、“淡い”一篇の「詩」となることもあるでしょう。
でも、淡い絵の具でも、何度も重ねて塗ったら、
ルオーのような重厚な色を獲得することだってあるかもしれない。
何げないような一筆の淡い点も、全体から見れば、スーラのように素敵な情景を構成するための
たいせつな点になったりするのかもしれません。

「穏やかなポジティブ」。
その積み重ねは、時に力強かったりする。

kamome.gif

ただ、知世さんは、“穏やかではない”つまり「激しいポジティブ」を
否定しているというわけではないんですよね。
そういう生き方もある。
青い時には、暴発しちゃうような「激しいポジティブ」なんかもあったりする。
おれも、嫌いじゃありません。
知世さん自身、そういう生き方を志向した時代が、もしかしたらあったかもしれません。

たしか舞台だったと思うのですが、こんな台詞がありました。

「財布の中のコインをちびりちびりと使って過ごすようなやつもいる。
だが、空っぽになるのも恐れずに、財布の中をありったけ、
ぱっぱと使っちまうような人生を送るやつもいる」

ずいぶん昔の記憶なんで、すいません、不確かです。
が、たぶん、画家のゴッホを評した言葉じゃなかったかと思います。

たしかにゴッホは、そんな生き急ぐ生き方をした一人でした。
いわば“ロック”な人。
“ロック”は、ファッションという衣装を剥がせば、
ネガティブとポジティブを行ったり来たりするようなエネルギーを抱える「激しいポジティブ」。

でも、ポジティブって、深いネガティブをくぐり抜けたときこそ、
大きなポジティブになるんですよね。
まあ、ネガティブのまんま、破滅したり、イッちゃったりするケースもあるかもしれませんが。

青春期を描く物語はもちろんのこと、小説やドラマは、
昔から、嵐のような「激しいポジティブ」を描いてきました。
濃密な時間を生きるからこそ、ドラマティック。
感動的でもあります。
財布のお金も、ちびちびよりは、
「宵越しの銭は持たねえ、パーッといけえ」と、やった方が絵になる。

雲2

たとえば、「ロミオとジュリエット」。
シェイクスピア版では、あの時、ジュリエットは13歳でした。
あと2週間ほど、収穫祭の前日の誕生日で14歳になるところ。
ロミオも、たぶんミドルティーン。
理由があるとはいえ、二度殺人を犯すのですが、今の日本では少年法が適用される年頃です。

その高校生と中学生が、土曜日、舞踏会で互いに一目ぼれをする。
その夜中、バルコニーで告白。
翌日曜日、修道僧のもとで結婚式。
その1時間後、ロミオはけんかに巻き込まれ、殺人を犯し、追放の身に。
その夜、二人は結ばれる。
その3日後の水曜日、ジュリエットは薬を飲んで仮死状態に。
その翌朝、木曜日、ロミオは服毒自殺。
仮死から醒めたジュリエットも、ロミオの死を知り、短剣で自死。

……と、ストーリーをまとめてみると、血気にはやった二人が、
一幕一場から五幕三場のラストまで、6日間のあいだに、恋を知り、結ばれ、死ぬわけです。
お芝居とはいえ、これは驚くべきスピードです。
彼らはまさに生き急いだと言っていいでしょう。

しかし、まあ、恋に時間は関係ないのかもしれません。
むしろ、ひとときの瞬間に永遠が宿ったりする。
瞬間を生きたからこそ、ロミオとジュリエットの二人には、
純粋な愛が、永遠が、見えたのかもしれません。

「ひとときの永遠」は、安藤芳彦さん作詞(アルバム「Tears of Joy」所収)でしたね。
知世さんも、自作の詞(「Blue Moon」「a day of my life」)で、
“一瞬”と“永遠”を取り上げています。
そういえば、“瞬間”と“永遠”の弁証法は、
哲学者キルケゴールが取り組んだテーマでもありました。

けれど。
と、アホなおれは、アホな空想をしてしまうんです。

もしも、あの時、あんな偶然がうまく重なることはなく、
ロミオもジュリエットも死なずにすんでいたら……。
で、モンタギュー、キャプレット両家の争いがおさまって、
二人が結婚生活を始めていたら……。
あるいは、二人で駆け落ちなどして、家庭生活を始めていたら……。
まあ、物語は台なしですが。

10代の頃の燃え上がるような熱情は、長く続くものではないかもしれません。
障害があるからこそ燃え上がるものの、
いざ障害がなくなってみると、凡庸に思えて別れるカップルが多い。
……とかなんとか、映画「スピード」のサンドラ・ブロックも言ってたと思います。 

ロミジュリも、長く生活をともにしていたとしたら、
たった6日のつきあいでは見えなかった、お互いのアラや、趣味や性格の違いなんかも
見えてくるでしょう。
恋多きロミオが浮気したり。
ジュリエットも子育てと生活に疲れたり。

部屋の中では煙草を吸わせてもらえなくなったロミオが、
灰皿片手にバルコニーで月を見上げて、
「そう言えば、昔はこのバルコニーで愛を語り合ったりしたこともあったっけ……」
と、自嘲気味な苦笑いを口に浮かべて遠い目をすることもあるかもしれません。

──なあんて、野暮な空想に走るのも、
おれが、10代から一昔も二昔も経てしまったからでしょう。
物語は台なしです。

しかし、人生って、「その後」の方が長かったりするんですよね。
ロミオとジュリエットも、もし生きていたら、
「その後」の日常的な人生の方が長かったと思います。
そして、“ポジティブ”は、
そんな日常的な、凡庸な、惰性的になりがちな日々のときこそ、難しい。

恋愛にしろ、仕事にしろ、情熱に燃え、希望に燃えて突っ走っている時は、
ポジティブを高く掲げて叫ぶことも難しくないかもしれません。
しかし、ある程度なれてきて、いろんな現実が見えてきて、
自分が本来求めていたものは何だったのだろうかと自問しつつ、
現実に流されるようになったとき、それでもなお、“ポジティブ”を声高に語ることは、
これはたいへんじゃないでしょうか。

“ポジティブ”というのは、たえず、試されてるもんかもしれません。
家族の死や、病気や、もしかしたら、自分の死を目の前にしたとき、
それでもなお、おまえは“ポジティブ”でいられるのか? と。

また、日々の中で、失敗や裏切りや、いろんな困難やトラブルに出会ったとき、
それでもなお、おまえは“ポジティブ”でいられるのか? と。

また、あるいは、情熱や希望が遠い日の花火のように思われだした日常の日々で、
それでもなお、おまえは“ポジティブ”でいられるのか? と。

そう問われたとき、溌剌とした、あるいは激情的なポジティブをうたう歌に刺激され、
励まされることも、もちろんあります。   

しかし、そんなときこそ、“穏やかなポジティブ”をうたう歌が、そのやさしい声が、
こころに寄り添って、一歩ずつ、少しでもいいから歩もうと踏み出す足を励ましてくれる。

それは、“淡い”絵の具で描く小さな一歩であっても、
ほんとうの強さを知っている一歩だと思うのです。
 



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2015_11_23

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