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アルバム「My Pieces」について感想など

category: music  

 My Pieces
2002年/フォーライフ
プロデュース:羽毛田丈史



 01. Let's fly away

ちょっとカントリーっぽいエレキ・ギターのイントロが鳴ったとたん、おれたちは旅に誘(いざな)われる。
軽快なりズムが滑走路を疾走し、加速していく。
そして、ふいにおれたちは日常の「人混みに押され」見上げていた、
あの遥か彼方の「the southern blue sky」をいつのまにか飛んでいることに気がつく。
サウンドやバックコーラスの入り方もウェストコーストっぽくて、
そう、この南の空は、カリフォルニアあたりの思いきり澄み渡った上空かもしれない。

鹿児島地方に、こんなわらべうたがある。
「泣こかい 飛ぼかい(泣こうか? 飛ぼうか?)
泣こかい 飛ぼかい(泣こうか? 飛ぼうか?)
泣こよか ひっ飛べ!(泣くより、ひっ飛べ!)」

この旅には、そんな思いきりのよさがある。
「人混みに押され」続ける生活にあるのは、たとえば、空騒ぎの後のむなしさ。
自分じゃない誰かの意味や価値に、がんじがらめに囚われて。
ごまかすことに馴れてしまって。
単調な日常に流されて。

けれど、知世さんは歌う。
「Let's fly away!」「泣くより、ひっ飛べ!」
理屈なんて、勢いでねじ伏せちゃえ。
たまには後先なんて見ないで、ねえ、その一歩を踏み出してみようよ。
その詞は、もしかしたら、やっぱり日常に流され、迷い、悩む作者だからこそ、切実に語りかけてくるのかもしれない。
そして、この空は、なんて深く、高く、自由なのだろう。
自由に空を泳ぐようなヴォーカルが気持ちいい。


 02. As I like

「I will keep going」と歌う歌詞には、「余裕のあるポジティブさ」があると、
フォーライフ公式HPのライナーで東屋雅美さんが記している。
なるほどなあと思って聴いていると、「あれっ」と思う。
この旅のポジティブさは、余裕があるのだろうか?
「喜びと希望に満ちて」いるだろうか?

知世さんのラジオ・ヴォイスのコーラスが、
「I'm not afraid」(おそれてなんてないよ。不安なんてないよ)
と繰り返せば繰り返すほどに、逆に揺れ動く心を映しているような気がするのだ。
気まぐれな気分は「雨のち晴れ」で変わるけれど、
そんなに簡単に憂鬱には「good bye」と言えないことを
どこかで感じ取っているのではないだろうか、このセンシティヴな“気分”は。

ドブロ・ギターの印象的な美しいメロディの中に、何か壊れそうな危うさを感じる。
朝のけだるい光とまどろみの中で、しかし、何かの予感。
明日の世界の終わりを空想することは、今の自分の意味を見つめることでもあるだろう。
「go my way」という、その“わたしの行く道”は、
たぶん「砂の旅人」が行く“道のない砂漠”へとつながっている。


 03. 空と糸 ─talking on air─

シングル曲。しかし、こちらはイントロのないヴァージョン。
アルバム中、この一曲だけが慶一さんによるものだが、「Let's fly away」の歌詞テーマと呼応するように、
そしてサウンド的にもアルバムの中に溶け込み、大粒の“piece”のひとつとなっている。
やはり、この曲、何度聴いても名曲。


 04. Tell me why

サビのメロディがすてきなこの曲は、スウェーデンの人の作曲だという。
知世さんのヴォーカルは、ことさらにテンションをあげ、盛り上げようとはしない。
泣いて未練にすがる歌なのだけれど、どこか静謐さをたたえた透明さが、
自分自身との間に適当な距離を置き、涙や感情を生っぽくしないで美しい響きに変えている。
これは、知世さんの特質かもしれない。


 05. A Summers Story

アコースティック・ギターにリズムというきわめてシンプルな構成で、
そんなシンプルさの中にギターの音色やコーラスの妙が生きている。
どこかしらフォークとかニューミュージックとかの時代のほのぼのとした味があって、
なごませてくれるものがある。

詞は、昔の恋人との想い出のようであるけれど、
昔の自分を知っていて、今の自分を叱ってくれる、自分の成長を見守ってくれる人を歌っている。
そんな存在の人がいてくれることは幸せだと思う。


 06. Lullaby

美しい美しいピアノ・バラード。
「silence……」というハイトーンの声。
そしてそのサビのメロディが美しい。
ピアノの音色とともに、かすかな、ほんとにかすかなエコーが、心のひだに響いてくる。

また、さらにこの詞。
最初の三行で、街の情景がすーっと浮かび上がってくる。
雨から霧に変わったその街の匂いまで感じられるようだ。

そして沈黙。
その沈黙の中に、恋人の本当の答え、声を聞き、沈黙の中に「哀しい調べ」を聴く。
その沈黙が「恋の終わりのLulluby」だというのだ。
夜の霧ににじむ静寂とその哀しみが、しずかに、しずかに、聴く者の胸の中へしみこんでくるようだ。


 07. 砂の旅人

かつて「平凡な日々」の中で“夢を抱え”歩いていた旅人は、今、
単調な日常の中、なまぬるい水の中で、夢を失くしたのだろうか? 
ぬるい水に浸かっていても、その心に見える景色は“乾いた”砂なのだろうか?

Yesか、Noか。すぐに割り切れるような答えはそれほど多くはないだろう。
昨日の答えを今朝は疑い、明日への道を踏み迷う。
それでも、旅人はまさに消えんとする夕日を目指すのだろうか?

……と、思っていたら、知世さんのコメントを読んで、思わずニヤリ。
詞を書いているとき、モロッコへの旅の準備をしていて、旅のテーマが「『サハラの朝日を見る』だったので、
こういう歌詞になりました。」(フォーライフ公式HPより)

砂漠の「朝日」が「夕日」にすりかわっていたのだった。
しかし、作者がどんな作為をしたとしても、詩の中にこそ真実が見えるもの。
道の見えない砂漠でもがく旅人もまた、作者の心のかけらのひとつであるだろう。

それでも太陽を目指して一歩を踏み出し、夜の闇をくぐり抜けることは、
この後に続く曲「Ready to leave」──次のステップへ“出発するための準備”であるのかもしれない。
たぶんレコーディング後、サハラに昇る壮大な朝日を見たであろう旅人は、いったい何を想っただろう。

ティン・ホイッスルは、アイルランドに古くから伝わるブリキ(錫)の縦笛。
エンヤの曲などでもおなじみのこの楽器は、
今はブリキ製でないものでもティン(ブリキの)ホイッスルと呼ばれるのだそうだ。
なぜかしら哀しさをたたえたこの音色が、旅人の歩くモロッコの風景をどこかケルティックなものにしている。


 08. Ready to leave?

作曲者は、スウェーデンの方とのことで、やはりスウェーディッシュ・ポップ、
どこかしらトーレ・ヨハンソンさんのサウンドを連想してしまうのは、まあ、気のせいだろう。

その地に想いをはせるときから、すでに旅は始まっているのだ、と誰かが言った。……気がする。
旅の準備を始める時、彼(彼女)はすでに旅人なのだろう。

“ポジティブ・シンキング”という言葉が流行って、
作り笑いのような上っつらなポジティブ礼賛を目にすることがある。
けれど、誰だって悩み、迷わないやつなんていない。
そのネガティブと向き合って、はじめて見えてくる明日があるのだろう。
「フォーカス」はなかなか合わせられないけどね。

誰かの意味や価値じゃなくて、自分の意味や価値を信じたいと歌うこの曲、強いなあと思う。
そしてのびやかな歌声と、
ポップでやわらかな「風を集めて解き放つよう」な深呼吸が、気っ持ちいいー。

「Ready to leave?(準備はいいかい?)」。
その呼びかけは、作詞者自身に、そしてきっとおれたちにも投げかけられている。


 09. LOVE-HOLIC

これもメアリーケイト・オニールの作曲作品(「Sunny Day」として本人も歌っている)。
メアリーケイト・オニールの歌は、ボストン郊外かどこかの公園の陽だまりをイメージしてしまう。
が、知世さんは
「ヘッドフォンでずっと聴きたいような、そこに入り込んでしまいそうな世界を感じたので、歌詞も病んでる人の歌にしました」(フォーライフ公式HPより)
という。
その発想がスゴイ。

そして確かに、スローなギターの音色からすべり出し、
加速して繰り返されるループのおだやかな渦(うず)に引き込まれそうになってしまう。
そしてふと我に返ると、自分が宇宙に漂っていたりするのだった(←病気な錯覚)。

途中からからんでくる12弦ギターの無国籍的な、中近東っぽいような調べと、
どこか無機的なパーカッション(パッド)のアクセントが幻想的で、
ビートルズ「Across the Universe」のような内的な宇宙の広がりを感じてしまう。

やっぱり恋は病気なのだろう。

「彼女の白い腕が
私の地平線のすべてでした」(『地平線』マックス・ジャコブ、堀口大学訳)

なあんて詩もあったけど、恋愛に溺れてる時って、まさに彼女が宇宙のすべてで、
アルファであり、オメガであるなんて思っちゃったりするもんです。
しかし、知世さんの歌声に溺れる時間は、ひどく心地よかったりするのだった。

「LOVE-HOLIC」というタイトルも利いている。


 10. Sigh of Snow

自作曲の共作というのは、どんな作業か想像できないのだが、
羽毛田さんと知世さんのコラボレーションは、ひとつの曲として、きわめてナチュラルな完成度。

ノラ・ジョーンズをイメージしたそうだが、なるほど。
でも、ノラ・ジョーンズよりは淡い感じ。
羽毛田さんのピアノのカントリー風味のタッチが心地よくて、ちょっぴりノラ・ジョーンズ。

雪も凍みる温度だからこそ、二人の体温をたしかに感じ合うことができるのだろう。

皮肉屋のショウペンハウエルは、おれたちは凍えるハリネズミだと言った。
寒さに凍え、暖めあおうと身を寄せ合うほどに、エゴというお互いのハリで傷つけあい、血を流したりする。
それは恋というもののひとつのかたちなのだろう。

それでも、人はぬくもりを求めずにはいられない生きものなのだと思う。

すべての世界を包みこむ雪のためいき(Sigh of Snow)は、たぶん白くて暖かそうで、
知世さんの歌声のぬくもりが、たしかにしんしんと伝わってくるようだ。


 11. 恋の法則

これはひとつのストーリー。
たぶん列車が一駅か二駅の間を走る十何分かの物語。

恋人たちはやっぱり“凍えるハリネズミ”で、
近づけば近づくほどにすれ違い、「ほんの些細な事」でケンカになったり。
けれど、逆に「離れれば離れるほど」に恋しさがつのったり。
そんな「恋の法則」があったりするのかもしれない。
離れゆく列車に乗り込んだかと思うと、会いたくなって乗り換えて引き返したりするように、
おれたちはそんな物語を繰り返しているのだろう。

おでこを窓ガラスにつけたりする主人公がちょっとかわいい。
ほんの十何分かの出来事だけれど、透き通るギターの音色のこぼれる中、
その気持ちの変化が気取りのない自然さで素直に歌われていて……、
そう、これは一編の愛すべき掌篇小説。


 12. Angels Song

陽だまりのようなワルツ。
まるでヨーロッパのどこかのトラディショナルな唄のよう。
知世さんは、たとえばバレエ「ジゼル」の村娘のような衣装を着て歌っているのではないだろうか?

アコーディオンやマンドリンといった生の楽器の音色が雰囲気を盛り立てている。
演奏のライブ感も楽しく、そのあたり、うまく自然にレコーディングに残されている。

知世さんの裏声。
そして、ヨーデルっぽく裏声に変わる瞬間が、絶妙に美しい。
angel's voice。

聴いていると、この拍手の輪の中に加わって、いっしょに踊りたい気がしてくる。
ライブで、やってほしいなあ。

ラスト。
フェイド・アウトする歓声と拍手の中で、
知世さんの笑い声がちらっと残されているのが何だか微笑ましく、
ちょっぴり、さわやかな余韻を伝えてくれる。








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