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また……というか、あいかわらずというか、当ブログ、更新が凍結していました。
もともとが遅筆の上に筆無精。
その上締め切りなしで、行き当たりばったり、わがまま気ままの風向き次第。
まあ、パソコンのマックが不調で、気温が高くなると、10分もたたずに自動的に停まってしまうという事情もありました。
内蔵のファンが故障で、機体のCPUの温度が85℃を超えてしまうためのようです。
その度に機体をさまして、温度が低くなるのを待たなければなりません。
真夏日のときは、3分ももたずにストップ。
熱病にあえぐ彼をそれでも酷使しようってんですから、ひどいユーザーもあったもんです。
けれど、秋になって涼しくなってくると正常に動くようなので、ここ2年ほど、修理に出してない……というのも無精の極みですね。
おまけに、仕事が忙しい、というより思うように行かなかったという事情もありました。
結局、根が怠け者なわけです。
それに比べて、知世さん、最近も音楽活動の他にクロアチアへ行ったり、和服で撮影したり、いい仕事をいろいろしていてご多忙のようす。
当ブログは、知世さんの活動や作品に関連しての感想を中心に書いてるつもり…………なんですが、知世さんが作品を発表してから2~3ヶ月後に書くならばまだいい方です。
半年後、1~2年後という祭りの後の後にようやく感想を書き込むという、タイミングのはずし過ぎもいいところ。
刻々変化する時代の波からは、ずいぶん遠く離れたところににいるなあと思います。
これでは、読んでくれる方が少なくなるのは当然です。

そんな砂漠化の著しい当ブログにこの間(もう3ヶ月前のことになってしまいました)、Mさんから「拍手コメント」のメールをいただきました。
Mさんは、知世さんが声の出演をした作品で共演された方。
2年ほど前、当ブログでちょっと触れさせてもらったのですが、それに対して、ちょっとしたコメントを送って下さったのでした。
ブログを始めて、いつのまにやら2年が過ぎていることにビックリなのですが、内容に関するコメントをいただいたのは初めてでした。
うれしかったッス。
こんな、いつ更新するかもわからない、ろくでもない文章だらけのブログでも、中身を読んでくれてる人がいるんだなあーということがわかっただけで、うれしかったでした。

雲・輪

そう言えば開高健さんが、作家という仕事について、
「これはわびしくて、さびしくて、まさぐりようのない、奇妙な仕事だということが、つくづく実感された」
と、しみじみ綴っていたことがあります(『頁の背後』~『開高健全作品・小説1」新潮社・所収)。

彼は自分の仕事を貝の受精にたとえていました。
貝は、果てしなく広い海の底にそれぞれ散らばって暮らしているのですが、恋の季節になると、オスはオスの精を、メスはメスの精を、めいめい別々に発射するのだそうです。
広大な海へ漂っていった精がどうなるかは、親の貝にはわからない。
しかし、どこかで出会うことの出来た2つの精は結合し、海底へと沈んで貝へと成長する。

また、無人島の住人にもたとえていました。

「私は小さな部屋の中で字を書きつらね、それが印刷機から街へ発射されていくけれど、どこで、どんな人に、どう読まれているのか、何も知らない。見えず、聞こえず、さわれない。
無人島の住人は空瓶に手紙をつめこみ、栓をして海へ投げるけれど、どこかへ到着するのか、しないのか、万一到着したとして、どこで、どのようにして、誰に読まれているのか、何も知らない。
私は貝であり、作品は空瓶通信なのだった。」
同上

作家という、ある意味孤独な、業(ごう)のような仕事を背負うせつなさがあったのでしょう。
だから彼は手ごたえというものが欲しくて、どんな批評でも、見ず知らずの読者からの手紙の一言でも、むさぼり読んだといいます。

数年前、この話を友人にすると、その友人は深くうなづいていました。

友人は他の仕事を続けながら、フォト・ジャーナリストとして内戦に揺れたアジアのある島へ10年近く通い続け、その取材と写真をやっとこさ一冊の本にまとめ、上梓しました。
長い取材のあいだには、経済的にもメンタル的にも諸々(もろもろ)の苦労がありました。
その国で出会った友人を喪ったこともありました。
また彼自身も、ゲリラを警戒する軍隊に銃口を向けられ、そのまま命を落としたかも知れないというようなギリギリの体験を一度となくくぐり抜けてきました。
にも関わらず、その種のノンフィクションの本が売れて儲かるという例はあまりなく、今もあいかわらず彼は糊口をしのぐための別の仕事に追われています。
それでも本を書いてよかった、これからも取材をしようと思えた理由のひとつは、一通の手紙。
その本を手にした老齢の読者が送ってくれた、真摯で丁寧な感想の手紙だったそうです。

発射された空き瓶は、確かに、どこへたどり着くのか、誰に読まれるのかわからない。
しかしそれがいいものであれば、きっと誰かの胸にたどり着き、響かせる。もしかしたら芽を出して、小さな貝の生命さえ育てるかもしれない。
世界さえ変えるかもしれない。
それは楽天的過ぎる幻想かもしれませんが、人生を賭けるに足る幻想だと思います。
一通の手紙は、開高健さんと同じような業(ごう)を背負うことを選んだ友人に、言い尽くせない力を与えてくれたのではないかと思います。

あ、いえいえ、もちろん、お気楽な当ブログとはまったく違う次元のはなしです。
ただ、ブログというのもまた、瓶の中の手紙をはかりしれない大海原へ投げこむ作業。
瓶がどこへ流れ着くか、手紙を誰が読んでくれるかはわかりません。
そこで誰かが読んでくれてコメントを返してくれるというのは、なんともうれしいもんですね。
友人がもらった手紙とは比べるべくもありませんが、彼の気持ちがほんの少しわかったような気にもなったのでした。

開高健さんが上述の文章を書き記した時代に比べると、今はメディアのありようが変わって来ています。
作家ではないおれのような素人が、PCを通じて簡単に文章を発信できる。
ネットの世界では、誰でも読者であると同時に、作者です。
ネットの海を見渡せば、各々無人島の住人から発射された瓶の中の手紙が、数えきれないほどにプカプカ浮かんで、海面をおおうようにあふれているのが見えます。
もっとも、システムが便利になればなるほど、中身は希薄に、粗雑になる傾向があるような気もします。
落書きの切れ端のような安直な文章であっても、
垂れ流しのようなだらだらした無駄話であっても、
他人にはまったく意味不明の独りよがりの独り言であっても、
発信するのは簡単です。また、コメントするのも簡単です。
しかしながらそれでもコミュニケーションなんですよね。
伝えたよという。
伝わったよという。

今年6月の秋葉原無差別殺人事件の容疑者もまた、無人島の住人だったと思います。
自分の行動と気持ちの一端を逐一ネットの掲示板に書き込むというのはやはり、どこかで誰かがこれを読んでくれるかもしれないという、瓶の中の手紙を投じる行為です。
結果的には、応じてコメントを書き込む者がいなかったという事実が、彼自身でねじ曲げてしまった無人島の孤独へさらに彼を追い込んだのでしょう。
しかし、もしも応じて書き込まれたコメントがあったとしても、歪んだ孤独の中にいる彼が犯行を踏みとどまったか否かはわかりません。
ただ、彼自身と彼の犯行に、何らかの変化は及ぼしたのではないだろうかと考えたくなります。

雲1

映画、テレビ番組、音楽など、メディアでの発信もまた、「伝えたよ」というひとつのコミュニケーションのかたちですね。
それに対して「伝わったよ」という反応は、ライブでは直にヴィヴィッドに返ってきます。
が、上映、放映、発売といったかたちでは、反応の手ごたえを感じる機会は限られてきます。

その昔、知世さん15歳、デビューからまだ1年ほどの頃。
映画のタイトルにひっかけた「大空をかける少女」という、熱気球に乗るキャンペーン・イベントが狭山公園で開かれたそうです。
それまで、薬師丸ひろ子さんといった方と共にステージに立ったことはあっても、単独でファンの前に立ったことはなかった。
結局、天候の都合で気球には乗らずじまいでしたが、自分だけのためにファンが集まってくれたこと、ファンと生で接っすることができたことはうれしい経験だったと後に語っています。
テレビドラマでデビューし、レコード(当時はCDではありませんでした)を出し、その頃には多くのファンレターも受け取っていたと思われます。
が、抽象的であったファンという存在を実際に確かめることが出来た。手ごたえを実感できたというのは、大きなよろこびだったのでしょう。

映画や音楽などは、マス(大量)な人々へ、マス(大量)に伝達(コミュニケーション)するメディア。
が、やはりこれもまた、空き瓶の手紙を海へ投げ入れる行為です。
発射するのは大量の空き瓶であっても、中に詰め込む手紙や想いはひとつのもの。
手ごたえを感じたいという発信する側の気持ちは、おそらくは開高健さんとそれほど違わないのかもしれません。

やや昔「Euro Cafe」というFMラジオ番組を知世さんがやっていました。
FM地方局の一部でしか放送されず、東京在住のおれは聞くことが出来ませんでした。
後で知ったのですが、その放送を聞くために、アンテナを改造して何とか電波をキャッチし、途絶えがちに聞こえる知世さんの声を息をこらして聞いていたリスナーもいたそうです。
また、番組が放送される毎週早朝、車を県境へと走らせて朝のドライブ。電波の届く場所へと移動して聞いていたリスナーもいました。
毎週のように放送内容をテキスト化してくれていたtomosanさんの「Happy Garden」というHPもあり、おれはお世話になりました。
また、番組が電話でも聞けると知って、番組が終わる前の数ヶ月間、長距離電話代がかさむのにハラハラしながらも、受話器で聞くことが出来ました。
知世さんの話といえば、あちらでこれを食べたとか、あれが美味しかったとか、まあ、とりとめのない、気どらない普通なおしゃべりだったりするわけです。
が、それが、なごんじゃうんですよねー。
知世さん自身、リスナーからの声を大切にしている様子が、聞いていてヴィヴィッドに伝わってきました。
当時、「空と糸~Talking on air~」がヒットしていたのですが、おれは知世さんとリスナーひとりひとりに結ばれた糸電話の長い糸が、何万何千本と空にたなびいているのが見えるような気がしたものです。
番組は終了したのですが、こんな番組っていいよなあと思い、ファンサイトのホームページを作る際に「New "Euro Cafe"」の名前を勝手に使わせてもらいました。
糸の1本のつもりでもありました。
このブログも、その延長にあります。
伝えたよという。
伝わったよという。
その「伝わったよ」の部分を、返していきたい。
と言っても、やっぱ知世さん自身は読んでくれてはいないんだろうなあーという、ほぼ確定的とも言えそうな可能性の大きさは否定できないところなのですが。

huusen.gif

ところで、糸井重里さんがこんなことを書いていました(「ほぼ日刊イトイ新聞」~「ダーリンコラム」2006/07/17「ほめるとなぜ伸びるのか?」
糸井重里著「小さいことばを歌う場所」(東京糸井重里事務所)にも収録されてます。)
こちらの対談(同新聞~「ひとのしあわせを読む仕事。」最終回)では、“スイカ割りの法則”と呼ばれています。

「『そっちじゃない』という声がいくら聞こえても、
どっちに歩けばいいのかはわからない。
何か正しい方向に向いたときに、
『惜しい』とか『いいよ』とか言われたら、
どっちにいけばいいかわかるわけだ。
だから、いずれ、スイカは割れる。」


ああ、そうなんだよなあと思います。
目隠しのまま、闇雲に棒をぶんぐりぶんぐり振り回し、
何もない地面をさんざんたたき続けてそれだけで疲れちゃったりします。
もしかしたらスイカにヒットしていたかもしれないのに、割った感触さえ掴めないこともある。
周りの声が聞こえなければ、気付かずになお棒を振り回し続けることもあるかもしれません。

思えば知世さんはアルバム「Garden」制作当時、鈴木慶一さんから声をかけられたんでしょうね。
「こっち、こっち」とか「そうそう、そっちの方向だね」とか。
当時、少女時代のパブリック・イメージから脱して等身大の自分を表現しようと──つまり自分自身の音楽を探して迷っていた知世さんにとって、その声は大きな励みだったに違いありません。
道が何も見えない真っ暗な闇の中で、その声は一筋の光でもあったでしょう。
慶一さんの声のおかげで、スイカは見事に割れたんだなあと思います。

雲・輪

一方、真逆のようなやり方もありますね。
「そっちじゃない」「それじゃない」と否定ばかりをくり返す。
旧時代的と言えるかもしれません。

たとえば、俳優の船越栄一郎さんが、TVでこんなことを語っていました。
彼がまだ駆け出しの新人の頃、ドラマで御大・若山富三郎さんと共演したのだそうです。
船越さんは弁護士の助手的な役で、大事な書類をカバンに運んで持ってくる。駆け込んで来て、サッとカバンから取り出し、弁護士役の若山さんへ手渡す。
この短いシーンに、若山さんは何度もダメを出したといいます。
船越さんはあれこれ考え工夫し、何十回もくり返し演じるのだけれど、OKが出ない。
途方に暮れ、頭が真っ白になった頃、若山さんが言ったそうです。
それほどに大事な書類ならば、カバンの奥にしまうはずではないのか。
そこで、演技の前に書類をカバンの奥底に用意して、モゾモゾ時間をかけて丁重に取り出し、若山さんに手渡した。
ところが、それではシーンとして秒数がかかり過ぎると監督からNG。
結局、最初のやり方で撮影し、OKシーンとなったということです。
が、同じ絵づらでも、書類の大切さをじゅうぶんに意識した演技と、そうでない演技とでは微妙に差が出てくるでしょう。
あるいはたとえ差がなかったとしても、そうした細部を工夫する演技への取り組み方は、別のシーンの撮影に生きてくるはず。
若山さんはそうして時間をかけて新人の自分に教えてくれたのだと、船越さんは感謝していました。

かの仲代達矢さんが俳優養成所にいた若い頃、黒沢明監督の時代劇映画に出演することになったそうです。
映画では3秒ほどしか映らない、往来をふつうにただ歩くだけのシーン。
が、そのシーンのために、彼は何十往復となくひたすら歩かされたと聞いたことがあります。
罵詈雑言の叱咤とともに「違う」「違う」と、監督から延々とダメ出しがくり返された。
当時の武士の重心は低い。
重い刀剣を腰に具しているからでしょう。また、武道の修練によって、安定した重心の低さを身につけるのかもしれません。
重心を低くすることで、歩く姿勢も変わってくる。それが武士らしい歩きに見せるリアリティとなるわけです。
黒沢監督はそのことを体で悟らせるために、若き日の仲代さんを延々と歩かせたのだということでした。

「そうではない」「違う」と否定することで、それまで知ったかぶりしていた既成の概念をうち壊す。
そうしたゼロの地点から改めて自分自身で考えさせ、体で考えることを身につけさせる。
非合理的で、非効率的。
長い時間を無駄に費やしているようにも見えます。
が、こうしたやり方は、映画の制作の場だけでなく、職人仕事のような現場では多い気がします。
手取り足取り、うまくいく道を安易には指し示さない。
突き放し、時には失敗させ、自らが考え、自らが体で掴みとるのをじっくり待つというやり方。
しかし、弟子がそれを乗り越えて自分自身で答えを掴んだとき、その経験は生涯にも渡るような財産にもなったりするわけです。
もっとも「今の若いモン」はそうなる前に挫折したりすぐに離れて行ってしまうため、こうした遠回りなやり方を現在も採用する現場はそう多くはないでしょう。
無駄を省き、効率化をはかることが経営の第一。
マニュアルひとつ与えて終了というやり方に比べれば、時間と無駄と、気づかいというか情が必要なこうした人育ては、過去のものとなっていく傾向にあるのかもしれません。

しかし、若山さんにしろ黒沢監督にしろ、さんざん否定した最後には答えの道筋をちゃんとサジェスチョンしているわけで、
これは「スイカ割りの論理」の変形版と言えます。
一見、否定し減点するだけに見えますが、結果的には大きな肯定に至らせようとしているわけです。

糸井重里さんは前掲の文章で、ほめて肯定していく「スイカ割りの論理」を説明し、

「これは、教える側の価値観を問う方法でもある。
「そっちへ行くのがいいんだ」と言いきれる価値観を
確かに持ってないと、ほめることはできないからね。」


と書いています。
これは、否定し、追いつめる方法でも同じです。
いえ、それ以上により強い価値観が求められるでしょう。
「そっちはダメ」「それは違う」と言い続けて突き放す厳しさの裏に、「こっちへ来い」という確固たるものがなければ教え導くことはできない。
そして、突き放されても迷い続けてもなお求めようとする弟子側の真摯な姿勢が求められます。
師匠と弟子の絆というか、人間関係も必要ですね。
もちろん、ほめて肯定していく場合でも、それは同じですが。

雲・ハート

もしもこうした意図や人間関係なしに、ただ「ダメ」「違う」と否定を言い続けられるとしたら……。
目隠しをしている打ち手はたまりません。
スイカの方向も何もわからないまま、真っ暗闇の中で延々、棒を振り続けることになるでしょう。
多くの批評というのが、実はこの種の否定の成分で出来ている傾向があるような気がしてなりません。
否定しまくることで、「辛口」とか「毒舌」を売りにする場合さえあります。
特に、ハンドルネームという匿名性の高いネットの場ではその傾向が強い。
署名すら放棄されている場ではなおさらです。
攻撃し貶めることでカタルシスを得ようとする快感があると思うのですが、読む方はわびしい気持ちにさせられます。

かと言って、必要以上に肯定する、ただ褒めるだけというのも考えものですね。
落語の寄席のことばで、「アマキン」というのは、甘い客のこと。
それほどおかしくもないのに笑ってくれるそうした客は、笑わせるのが商売の落語家にすれば上客のように思えますが、実は警戒されます。
実力とは関係なく評価されることになれてしまえば、たとえ意識しまいと思っていても、知らず知らず勘違いをして腕が落ちてしまうからです。
過剰に褒めることは、芸を殺す。
「いいよ」「いいよ」と安易に声をかけるだけでは、いくら肯定しても、スイカの方向を教えない点では否定するのといっしょです。
打ち手は気分がよくなるかもしれませんが、いつまでたってもスイカは割れないでしょう。

huusen.gif

さて、こうした「スイカ割りの論理」は、師匠側と弟子側のような関係だけでなく、
打ち手を取り巻いて見守る外野席の声にも言えるのではないか、と思うわけです。
まあ、野次馬の声援。
たとえ、ほんとのスイカがどこにあるのか見えなかったりしたとしても、です。
つまり、「教える側の価値観」があいまいだったとしても。
「そっちへ行くのがいいんだ」ときっぱり言いきることができず、
「うーん、悪くないような気がする」などと頼りないことしか言えなかったりするわけです。
しかし、たとえば打ち手の目的が、観客や視聴者やリスナーに作品や想いや何かを届けることだとすれば、
観客側から「届いたよー」とか、伝えてあげる。
それ自体が、打ち手にとってはスイカを割る手ごたえだったりするわけですよね。
……なんて、まあ、そんなふうに知世さんが手ごたえ感を得る材料のほんのひとつとして、
外野席から声援を送っていきたいものだなあと思うわけなのです。

しかし、「となり町戦争」の渡辺謙作監督の新作「フレフレ少女」で、ガッキー(新垣結衣)が言っているそうです。
──応援するためには、応援する側も選手と同じように苦労を知らなければ、ホントの力にはならないんだ。
となると、当ブログの声援は、はなはだ頼りない。

また、前掲の文章で開高健さんはこうも書いています。

「批評とは他人を介して自己を語ることなのだから、それは批評家にとってのひとつの“創作”でもあるわけだが、しばしば、自己を語りたいのか、それとも、自己を宣伝したいのか、けじめのつかないのがあふれているので、妙な気分にならされる。」『頁の背後』~『開高健全作品・小説1」新潮社

当ブログの声援もまた、けじめがついてないなあとつくづく思います。
作品の感想というより、自分を語りたいだけじゃないの?という感じですよね。
おまけに、落書きの切れ端のような、だらだらと垂れ流しのような、独りよがりな文章。

まあ、そんなこんなで、ゴチャゴチャ迷走しつつ、しばしば凍結しつつ、はなはだ情けないブログではありますが(……と、問題山積みのまま、結論に行かせていただきます)、今後も知世さんへの声援は続けていきたいなあと、かように思っている次第でありました。



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